プロダクトを初めて利用するユーザーが、利用開始からその数分の間に「このサービスは自分にとって価値がある」と感じるかどうか?。
ここで得られた第一印象が、その後の継続利用やロイヤルユーザー化につながるかを大きく左右します。例えば、言語学習サービスの「Duolingo」では、オンボーディングで50gem(Duolingo内の通貨)を預けて7日継続できたらそれを2倍にして返す施策により7日後継続率が14%向上したそう。

僕自身、プロダクトマネージャーを務める中で感じているのは、優れた機能を提供していても、最初の数回で十分な「価値体験」をユーザーに与えないと離脱率が高まる現実です。
- サービスが何をしてくれるのか?
- 操作は難しくないか?
- メリットをすぐに感じられるか?
これらを深く考慮したオンボーディング設計こそが、リテンションを大きく伸ばすカギになります。
定着率やLTVに直結する理由
オンボーディングはユーザーがプロダクトの真価を最初に体験する「入り口」ですが、この入り口でユーザーの心をしっかり掴めるかどうかが、その後の利用継続やサービスへの信頼度を大きく左右します。なぜ定着率(リテンションレート)やLTV(ライフタイムバリュー)に直結するのか、具体的に掘り下げてみます。
最初の数分で「価値体験」の有無が決まる
時間をかける価値を感じてもらえるかどうか
- 人は最初に得られる印象や体験で、その後の行動を大きく左右されます。初回起動から数分間で「使い方が簡単」「すぐに役立ちそう」と思ってもらえれば、引き続き使い続けるモチベーションが高まります。
- 逆に「操作が難しい」「どんなメリットがあるのか分からない」と感じれば、その時点で離脱リスクが急上昇します。
“Aha Moment”の重要性
- SaaS業界でよく言われる「Aha Moment(ユーザーが価値を実感する瞬間)」をいかに早く届けるか」が鍵。
- 例えば、タスク管理ツールなら「タスクを登録してリマインドが届く」体験を短時間で実現してあげる。すると「これなら続けられそう」とポジティブに捉えてもらえる確率が高まります。
2. BtoBでは導入担当者の熱意と社内展開に影響
担当者が「使える!」と納得しないと浸透しない
- BtoBプロダクトの場合は、導入を担当するキーマン(ビジネスサイドや管理者)が「まず自分がラクになった」「結果が出た」と実感しないと、組織全体への展開が進みません。
- オンボーディングが分かりづらいと、その担当者がそもそも使いこなせず、導入プロジェクト自体が腰折れしてしまいます。
組織規模の拡大効果が見込める
- 導入担当者が初回体験からスムーズに価値を感じれば、「他部署にも使わせたい」「追加ライセンスを購入したい」という声が上がりやすくなります。
- これがLTV向上やアップセルにつながるため、BtoBでは特にオンボーディングの設計がROIに直結するのです。
3. 継続利用と課金・追加購入のサイクル
“定着→課金→アップセル”の流れ
- ユーザーが初期段階で「便利」「時短になる」などの恩恵を得ると、より高度な機能や有料プランへの移行を検討しやすくなります。
- これが実現するほど利用期間が長くなり、LTVが増大する。
- 実際、多くのSaaS企業ではオンボーディング後の“継続率”がアップセルの鍵になるとされています。
ポジティブな口コミ効果
- 初期体験が良かったユーザーは、社内やSNSでポジティブな口コミを広げてくれます。
- BtoBでも「このシステム導入してから生産性が向上した」といった社内報告があると、周囲のチームや関連部署への水平展開が促進される。
- 結果として新規顧客獲得にも寄与し、長期的な企業価値向上に結びつきます。
4. 逆にオンボーディング失敗が与える致命的影響
「期待外れ→早期離脱」
- 登録したのに使い方が分からない、あるいはメリットが見えないと感じると、一瞬で「このサービスは合わない」と判断し、離脱するユーザーが多い。
- 特にBtoCでは代替サービスが山ほどあるため、ひとたび離脱すれば再訪率は一気に下がります。
「社内導入モチベーションの低下」
- BtoB領域だと、導入責任者の熱量が低下すると一気にプロジェクトが暗礁に乗り上げます。
- 周りに説明するのも面倒になり、経営層の承認が得られず更新契約を取れないままフェードアウトするケースも珍しくありません。
ユーザーの“アンチ化”リスク
- 初期体験が最悪だったユーザーは、積極的にネガティブな口コミを発信する可能性があります。
- これはブランドイメージを損ない、新規ユーザー獲得にもマイナスに作用します。
オンボーディングのよくある失敗パターン
失敗例は、ときに成功例以上に学びをもたらします。特に以下のような“ありがちな落とし穴”を回避することで、定着率やLTVを劇的に伸ばせるケースが多いです。
1. 必要以上の情報を求めすぎる
- 登録時に住所や電話番号、クレジットカード情報などを一気に要求してしまう。ユーザーは「めんどくさい」「本当に必要?」と感じて離脱
- 解決策: まずは本当に必要な情報に絞り、利用価値を実感させた後で追加情報を求める「段階的登録」方式に切り替える
2. チュートリアルが長い・操作が複雑
- 全機能を一度に説明した結果、「どれから触ればいいか分からない」とユーザーが混乱する
- 解決策: “最初の価値提供”に直結する機能だけを絞り込み、ステップ数を最短化する。その他の拡張機能は徐々に紹介するアプローチへ
3. サポートが不在でユーザーが孤立
- 「まずはご自由にお使いください」と放置されると、新規ユーザーは疑問点をどこに問い合わせるべきか分からずに離脱する
- 解決策: オンボーディング中のチャットサポートやQ&Aページへの導線をしっかり整備し、“疑問を解消できる環境”を用意する
4. 開発チームの思い込みによるユーザー視点の欠如
- 開発サイドは製品に詳しすぎて「こんなの常識でしょ?」と前提を置いてしまう。一方、ユーザーからすると用語や機能名が専門的すぎる場合がある
- 解決策: 初心者視点でのテストやユーザーインタビューを積極的に行い、「ここで本当に理解できるか?」を確認するプロセスを導入
このように“最初の数分にユーザーが感じる価値”が見えにくいと、いくら優れた機能を搭載していても使われなくなってしまいます。逆にオンボーディングを丁寧に設計するだけで、定着率・LTVが目に見えて向上するのは、こうした心理的ハードルを取り除き、一歩一歩「使える、便利、助かる」という体験を積み上げていくからです。
ユーザーリサーチで何を明らかにすればオンボーディングが改善されるか?
そんなオンボーディングを最適化するうえで欠かせないのがユーザーリサーチです。とりわけ初回体験時のユーザーが抱く以下をヒアリングしておくと、離脱要因や改善できるポイントが明確になります。
利用実態
- ユーザーは、1サービスずつ利用するのか?それとも同じカテゴリのサービスを複数併用して比較したうえで絞り込むのか?
- 併用している場合、何がきっかけで「このサービスをやめる」と判断するのか?それは具体的にどんな瞬間で、どのような理由が決め手になるのか?
- 導入直後に何らかのアクション(登録、設定、チュートリアル実施)が必要な場合、どんな手間・心理的ハードルが発生しているか?
期待
- ユーザーはそのカテゴリのサービスに対して、どのようなゴールやベネフィットを期待して利用開始するのか?
- オンボーディングを終えた直後に「これならいける」と思わせるためには、どんな要素(UI、サポート内容、操作感など)が必要か?
疑問
- 利用開始時に「どうやって使うのか分からない」「思っていたのと違う」というギャップはどの段階で生じやすいか?
- 初回利用のフローで発生する質問や不明点は何か?それはFAQやチュートリアルで解消できているか?
- ユーザーはいつ、どのタイミングでヘルプページやサポートに頼るのか?その導線は分かりやすいか?
不安
- 個人情報やプライバシー、セキュリティ面での懸念はあるか?安心感を得られる説明や仕組みは十分か?
- 導入や設定のステップで「手間がかかりすぎる」「難しい」と感じた瞬間はあるか?その際に離脱につながっていないか?
- このツールを本当に継続して使う価値があるのか、導入後に十分なリターンが得られるのか、不安はどのような点にあるか?
僕も過去に累計600人以上のインタビューを行ってきましたが、初回利用時のリアルな声は想定と大きく異なる場合も多く、プラン全体を大幅に修正するきっかけになることもしばしばです。
登録直後のユーザーのログで何を把握するか?
また、複合してログ分析でもユーザーが実際にどのようにサービスを利用しているかを“事実ベース”で捉えておきましょう。登録直後のユーザーが最初にどんな操作をするか、どの画面で何秒滞在しているかを追うことで、ユーザーインタビューでは拾いきれない行動パターンを明らかにできます。
行動のタイムライン把握
- どのページをいつ訪問し、何秒間滞在していたのか?
- 操作の順序やタイミングを「datetime」を昇順に並べて見ると、ユーザーがつまずく瞬間や躓きやすい導線が分かる
- 特定の操作(例:プロフィール設定)に移らず離脱したタイミングがあれば、そこが改善すべきポイントの可能性が高い
クリックやタップのパターン
- どのボタンをどの順番で押しているか?登録直後に一番最初に押すボタンは何か?
- 期待したフロー(たとえば「まずプロフィール登録→次にチュートリアル」)とは異なる操作が多発しているなら、UI自体が分かりにくいか、ユーザーが必要性を感じていない可能性がある
- ヒートマップツールを併用すると、ユーザーの視線やクリック集中エリアが一目瞭然になる(ただし、個人的にはヒートマップツールまでやるケースは相当レアで基本は必要ないと思っています)
離脱箇所の特定
- 一番離脱率の高い画面はどこか?滞在時間やスクロール率が極端に低いセクションはないか?
- 離脱直前の操作を把握しておけば、チュートリアルを中断した理由やフロー設計の問題点が浮き彫りになる
ログ分析で実際にどの画面で離脱が起きているのかをデータとして把握できます。
- ユーザーが何秒でどのボタンを押したか?
- どのページに長く滞在していたか?
などを見れば、リサーチ結果と照らし合わせながらユーザーの行動を立体的に理解できます。ログ分析とインタビューを組み合わせる手法については、こちらも参照ください。

特におすすめな分析手法
N=1のログを10〜20人分ほど取得し、datetimeを昇順にしてユーザーの一挙手一投足を細かく追うのが有効です。
特に
- 「思っていた操作がされていない」
- 「疑問点やエラーが発生しているっぽい(特定ページの滞在時間が長かったり、戻ったり同じページにランディングしたりを繰り返すなど)のにサポートページを見ていない」
といった事実を確認できれば、インタビューで推測した仮説の精度を高めることにつながります。
コホート分析で改善効果を測る
さらに、新しいオンボーディング施策を導入したら、その結果を測定する仕組みが必須。代表的なのはコホート分析です。導入時期ごとのユーザーグループを追跡し、リテンション率や利用状況を可視化することで、オンボーディング改善がどの程度の効果をもたらしたのか定量的に把握できます。コホート分析については、こちらの記事でAmazonの例を交えながら詳しく解説しています。

実際に、A/Bテストで改善案と従来案を比較し、それぞれのコホートでどれだけ継続率が変化したかを見るのが王道のアプローチで、BtoBだと導入後の利用度合いを数カ月単位で見ることが多いため、長期的なコホート分析が極めて有効になります。
実践的なオンボーディング最適化プロセス
オンボーディング改善においては、単にガイドツアーやチュートリアルを用意するだけでなく、以下のステップを踏まえた体系的な取り組みが効果的です。要点は「ユーザーがなぜオンボーディングの途中で離脱するのか?」を深く理解し、必要最小限のステップでゴールにたどり着ける導線をデザインすることです。
1.ユーザーのゴール設定とタスク洗い出し
- 新規ユーザーが達成したい具体的ゴールを明確化する
- 例:初回ログイン後にXX設定を終わらせる
- 例:課題Yを解決する)
- ユーザー自身の導入動機や期待値を把握し、ゴールに紐づくタスクを洗い出す
- 「すぐに○○できる」
- 「時短ができる」など
2. オンボーディングフローのプロトタイピング
- 洗い出したタスクを、最短距離で完了できる導線を図式化する
- 例:アカウント作成 → プロフィール設定 → 初回チュートリアル → 成功体験
- UI上にどこでチュートリアルポップアップを表示するか、ボトルネックとなりそうな部分はどこか、といったポイントを仮説設定する
- 多機能なサービスの場合、最初からすべてを紹介せず、ユーザーの目的に合わせた「必須機能だけを段階的に提示する」設計を考える
3. ガイドツアー&チュートリアルの設計ポイント
- シンプルな進捗ステップで!
- 画面上部に進行状況バーを表示して「あと何ステップで完了か」が分かるようにする
- ポップアップやツールチップ(最小限にしましょう)
- 初見では分かりにくい機能に絞り、必要なタイミングだけポップアップを出現させる(過剰な表示は逆にUXを損ねる)
- 想定シナリオごとの分岐(やりすぎないようにしましょう)
- 法人ユーザー/個人ユーザーなどで手続きや設定が異なる場合、それぞれの利用状況に合わせたチュートリアルを用意する
4. サポート導線の確立
- 即時対応チャット
- オンボーディング中に「分からない」「動かない」などが起きた際、画面上からワンクリックでサポートに問い合わせ可能にする
- 学習コストを下げるヘルプドキュメント
- 画像付き、動画付きの簡易ガイドを用意し、迷ったときにすぐアクセスできる導線を設置
- トラブル時のエラーガイド
- エラーが出た際に簡潔な解決策を表示(具体的な操作例や連絡先を表示)し、ムダな離脱を防止
5. ログ分析・フィードバックサイクル
- ログデータ × ユーザーインタビュー
- ログで「実際にどこで離脱しているか」を特定し、ユーザーインタビューで「なぜそこで離脱したのか」を定性面で深掘る
- N=1ログの徹底追跡
- 10〜20人分ほどのユーザーの操作ログを datetime 昇順で詳細に追い、ボトルネック箇所を洗い出す
6. ABテスト・段階的検証
- 複数パターンを並行テスト:
- チュートリアルの文言を変更したバージョンや、ガイドツアー手順の違うバージョンを用意して、登録継続率・操作完了率を比較する
- KPI設定
- 「初回5分以内の主要操作完了率」や「1週間後のリテンション率」など、明確な指標を設けて検証結果を評価する
- 小さく回して継続改善
- 大規模リリースよりも、小さな改善策を短いスプリントで試行する方が、早期に効果を確認できる
7. ユーザーサクセスを確認するフォロー施策
- オンボーディング終了後のリマインド
- 一定期間後に「困ったことはありませんか?」の通知やメールを送る。未設定項目があれば誘導する
- 継続利用を促すアクション
- 目標を達成したユーザーに対して、次のステップや上位機能の活用を提案。エンゲージメントを高める
- ユーザーインタビューやアンケート
- 「最初にハマったところは何か?」「もっと早く知りたかった情報は?」などを定期的に収集し、さらなる改善に活かす
継続的PDCAとチーム体制
上記のステップのように、オンボーディングはリリースして終わりではありません。ユーザーの利用動向やニーズは常に変化するため、定期的にPDCAを回しながら改善を続ける体制づくりが不可欠です。ここで力を発揮するのが、一時的に結成されるオンボーディング専任チームです。
ユーザーサクセス、デザイナー、開発、プロダクトマネージャーなど、多角的な視点が融合する形でオンボーディング施策を検証・実行しやすくなります。「この1ヶ月はとにかくオンボーディング体験だけを改善しよう」とミッションを与えて、最初の数分の体験について試行錯誤を繰り返してもらうのです。
今日から実践できるアクション
1. 初回体験時の疑問・不安をインタビューで直接聞く
ユーザーインタビューを実施し、初回利用者の声を収集する。インタビューフローの具体的な設計・手順は、こちらで解説しています。
2. ログ分析で離脱ポイントを可視化する
ヒートマップや行動ログ分析ツールで、どの画面で離脱や詰まりが起きているのかを把握。実際の定量データとインタビューを照らし合わせると改善点がより明確になる。
3. オンボーディング専任メンバーを決める
チーム内で「オンボーディング強化」に責任をもつ人を決め、PM・デザイナー・CSが連携しやすい仕組みを作る。早めの体制整備が最初の価値提供を加速させる。
Q&A
Q1: BtoBでのオンボーディングはどう進めるのが良いですか?
A1: BtoCよりステークホルダーが多いため、社内展開のやりやすさを重視した設計が不可欠です。特に導入担当者が操作を習得しやすいチュートリアルや社内向け説明資料の整備を早期に行いましょう。詳細はこちらの記事も参照ください。
Q2: 既に複雑な機能を実装してしまった場合、どう対処すべきでしょうか?
A2: まずはユーザーインタビューで、本当に必要とされている機能と不要な機能を仕分ける。そのうえで、不要機能は思い切って削除または隠す、必要機能は操作フローやヘルプを再構築するなどの再設計が有効です。最初に「絞った価値」を提示することで混乱を減らせます。
Q3: チュートリアルを作るのにリソースが割けないときはどうすればいい?
A3: 可能な限り簡易的なものから始めるのがおすすめです。ガイドツールや定型の動画マニュアルを利用すれば、最低限の学習コストだけでも抑えられます。ユーザーの声をもとに最優先のポイントに絞ったチュートリアルをまず試作しましょう。
参考情報
- Harvard Business Review “Designing for the First Experience”(2023)
- 『The Startup Owner’s Manual』Steve Blank & Bob Dorf, K&S Ranch, 2012
- 『Lean UX』Jeff Gothelf & Josh Seiden, O’Reilly Media, 2013
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