- 「問題になっていたロード時間を短縮して便利にしたはずなのにリテンションが改善しない」
- 「チームで評判が良かったUIを実装してユーザーも良いと言っているけどリファラルまで至らない」
——こうした現象に心当たりはありませんか?
機能的な改良を積み重ねても、”そのプロダクトを推してくれるファン”が生まれないケースは珍しくありません。僕自身、機能面だけをひたすら磨いても感情面での熱狂が伴わない限り、本質的な「ファン」は育ちづらいと痛感しています。
本記事では、主にユーザーリサーチの視点から「ブランド=感情的JTBD(Job to be Done)」という話を掘り下げ、機能の壁を突破してファンを生む方法を解説します。
なぜ“機能改良”だけではファンが生まれないのか
UIの改善、バグ修正、ロード時間短縮といった取り組みは、あくまで「利用/継続ハードルを下げる」ための活動。
一方、ロイヤルティや推奨行動を決定づけるのは感情的な理由であることが、近年の各種調査・分析で示されています。実際、マーケティング・リサーチの国際カンファレンス「TMRE 2024」でも、エモーション重視のブランドが機能特化ブランドと比較してLTV(Life Time Value)が平均1.3倍になるという報告が行われました。
これはアップセルや継続率に留まらず、Referral(紹介)× Advocacy(擁護)× Price Premium(価格プレミアム)
の複合効果で説明できるとされています。
機能 = “できる”
感情 = “選び続ける理由”
機能は「このプロダクトを使う理由」を作る一方で、「このプロダクトを語りたくなる理由」までは必ずしも与えてくれません。その結果、機能的なジョブを満たすだけのプロダクトは「便利だけど他社でも代替可能」と捉えられやすくなり、乗り換え率が高くなるのです。
ブランドを“感情的JTBD”と捉える視点転換
「ジョブ理論」で有名なクレイトン・クリステンセンの考え方では、ジョブを機能・社会・感情の3層で捉えます。さらに、デイビッド・アーカー(David Aaker)のBrand Personalityの概念を加味すると、ブランドは「ユーザーが成りたい姿」を代替する“感情的雇用主”だと整理できます。
一例を挙げると、Patagoniaは環境活動や社会的責任を前面に押し出し、ある種の「自己認識の代理店」として機能しています。その結果、実際に活動家層でロイヤルティ+15%/年を維持しているとBCorp関連のレポートでも示されています。
このように、感情的な部分の「なりたい自分」「世界観への共感」を満たすことこそが、単なる“利用者”をファンに変えるレバーなのです。
リサーチ Phase 1:Discovery
ここから、ではそんな「なりたい自分」「世界観への共感」を作り出すhowとユーザーリサーチメインでお話しします。
まずは、「今のプロダクトに対してどんな感情が動いているのか」を徹底的に洗い出す段階です。感情的JTBDを発見するうえでのポイントは、両極端のユーザーを集めることにあります。
Extreme Lover / Hater のリクルート
Love-Hateサンプリングとは、以下2セグメントを意図的に呼び出すリサーチ手法。
熱狂的に愛する層(Lover)
強い批判・不満を持っている層(Hater)
。
例えば、以下のような基準で5名ずつ集めるイメージです。
基準 | Lover | Hater |
---|---|---|
NPS | +9〜+10 | 0〜5 |
利用歴 | > 6 ヶ月 | < 1 ヶ月 |
属性 | 「◯◯が好きで友人に布教」 | 「××が嫌で解約」 |
このように極端な層を集めるメリットは、ブランド特性の「振れ幅」と心理的オーナーシップ(Psychological Ownership)の有無をハッキリ捉えられる点にあります。
- 熱量が高い対象者:「どこに強い共感をしてくれているのか?」
- 不満が強い対象者:「どこに受け入れがたいズレがあるのか?」
“ブランド擬人化” × アーティファクト・エリシテーション
- 擬人化質問の例
「このプロダクトが人間だったら、どんな服装?どんな口癖?」
「プロダクトが不機嫌な日には、どんな反応をする?」 - アーティファクト・エリシテーション
ユーザーが愛用しているステッカー、壁紙、SNS投稿など「物証」を持参し、
「使う場面 × 感情」を具体的に深掘り
「擬人化質問」は、ブランドイメージを言葉や形容詞だけでなく「キャラクターとして捉え直す」ための有効なアプローチです。一方、ユーザーがどんな場面で使い、どんな感情を抱いているのかを具体的に辿るためには、実際にユーザーが集めている物証(アーティファクト)を見ながら聴くのが効果的です。
「単なるイメージ」ではなく「実際に何をして、どんな気持ちを得たか」というエピソードベースのインサイトを得ることができます。
アウトプット:エモーショナル・インサイトマップ
インタビューのログや録画を分析し、Joy / Pride / Trust / Belonging / Anger / Fear ...
といった感情要素を軸に発言をマーキングします。集計時には「Intensity(強度)× Frequency(出現頻度)」でプロットし、クラスターを可視化します。
出現度が高く、強い感情が結集しているクラスターがそのブランドストーリーの核となり得ます。
リサーチ Phase 2:Co-Creation
Discoveryフェーズで見えてきた感情要素を、さらにワークショップ形式で具体化する段階です。ここで重要なのは「ユーザー自身に物語を書いてもらう」ことです。
コンセプトスプリントで「物語」を書かせる
1日ワークショップを例にとると、以下のような流れがおすすめです。
- ウォームアップ:擬人化インタビュー結果の共有 (30分)
- 未来コミック作成:
「3年後の理想体験」を6コマ漫画形式で描く (90分) - ペアレビュー:互いに“感情ハイライト”を付箋で指摘し合う (45分)
- KJ法クラスタリング → 感情のラダー整理 (60分)
- Brand Pillar(ブランドの重要要素)をドット投票 (15分)
ポイントは“Time-boxed(時間固定)”であり、しかもビジュアルやストーリーを使って共有することです。抽象的な「感情」が場面やセリフと結びつくため、参加者全員が「こういう時にこう感じるんだ」と強くイメージできるようになります。
Brand Pillar 仮説の生成
ワークショップで集めた付箋を集約すると、同じ感情や価値観に属する項目が自然とまとまっていきます。そこから多くの票を得たクラスターをピックアップし、最大4本程度のBrand Pillarとして抽出します。例えば、下記のようなイメージです。
Playful / Minimal / Empowering / Community-First
この時、大事なのは競合比較よりも「物語の整合」を優先することです。たとえば、Notionというプロダクトは「メモやドキュメント作成ツール」という機能比較だけでは語りきれない、「ユーザー自身が“ツールメーカー”になる」というパーパスを掲げ、コミュニティの拡張を加速させています。
機能だけを見比べるのではなく、「自分たちが提供したい世界観」にしっかりマッチしているか、が最も重要な基準です。
合意形成:Brand DNA Canvas
Co-Creationで生まれたBrand Pillarの仮説は、チーム全員が共通言語として扱える状態にすることが大切です。その際に有効なのが「Brand DNA Canvas」というフレームワークです。例として、Notionをイメージしたサンプルを示します。
Layer | 定義 | Notion 例 |
---|---|---|
Purpose | 社会的意義 | 「ツールメーカーを増やす」 |
Promise | 1行バリュープロポジション | 「一度作ればどこでも使える」 |
Pillars | 人格特性3-4 | Minimal / Playful / Community-Built |
Proof | 裏付け体験 | テンプレートギャラリー、UGCガイド |
このキャンバスを、PdM・デザイン・マーケティングの三者が共通認識として利用すると、各種の要件定義や施策の議論で「好き/嫌い」「カッコいい/ダサい」といった曖昧な議論に陥らずに済みます。
- 「ブランドとして持っていたい個性(Pillar)と矛盾しないか?」
- 「Proofの体験まできちんとつながる施策か?」
という視点から判断できるので、意見の衝突が構造的に整理されます。
プロダクトに落とし込む“翻訳術”
「Brand DNA Canvas」で合意形成した内容を、具体のUIや機能開発の優先度に落とし込むためには、チームで使える枠組みが必要。ここでは代表的な3つの方法を紹介します。
デザイントークンに落とし込み一貫性を担保する
色、フォント、角丸、影などを「Design Token」として管理すると、“Pillarの変更=トークン差し替え”だけでUI全体のアップデートが可能になります。たとえば以下のようにJSON管理しておけば、ブランドのキーコンセプトが変わった時にもUIの大幅な作り直しをせずに済む利点があります。
{
"color-brand-primary": {
"value": "#3A7EF5",
"brandPillar": "Playful"
},
"radius-button": {
"value": "8px",
"brandPillar": "Minimal"
}
}
Brand-RICE 指標でバックログを評価する
従来のRICEスコア(Reach×Impact×Confidence÷Effort)にEmotionFit
要素を掛け合わせる手法です。計算式は以下の通りです。
Brand-RICE = (Reach × Impact × Confidence × EmotionFit) ÷ Effort
- EmotionFit 3:Brand Pillarを強化し、体験の差別化に直結する
- EmotionFit 2:Pillarと中立
- EmotionFit 1:Pillarと明確に矛盾し、ブランド毀損リスクがある
これにより、開発工数が小さくてもブランドの世界観を壊すリスクを含む機能は数値で足切りしやすくなります。単なる工数の大小だけでなく、「感情的JTBDを支えるかどうか」という軸を入れるのが肝です。
コミュニティ機能フックを埋め込む
- Stravaの「KOM/QOM」機能:
ユーザー同士が競い合う仕組みを導入し、競争意識 × 自己実現を掛け合わせたことでエンゲージメントを高めている - Glossierの「Balm Dotcom」リニューアル:
コミュニティに処方成分を共創させた結果、リローンチ直後にNPSが大幅に回復


機能そのものにユーザーの“参加”を仕掛けることで、プロダクトの世界観やストーリーに共感したユーザーが自然と語り手になってくれます。
Amplify:コミュニティ・フライホイールを回す
また、McKinseyが提唱する「Community Flywheel」では、ヒーロー体験・ストーリーテリング・コンテンツ給餌・アドボケイト(熱狂的擁護者)の生成・フィードバック循環の5要素が重要とされています。

- Hero Experienceを特定
- EmotionFitが高い機能に集中投資し、代表的な「推したくなる体験」を創造
- UGCを促進
- ハッシュタグテンプレやSNS下書き機能を提供して投稿のハードルを下げる
- アンバサダー育成
- Extreme LoverユーザーをβテスターやイベントMCへ招待し、特別感を演出
- 多チャネルでブランド+UGCストーリーを拡散する
- 四半期ごとにNES/EVIなどをモニタリングしながらDiscoveryフェーズへ回帰
このフライホイールがうまく回り始めると、「機能を使っているうちにブランドの世界観に浸る」構造が生まれます。これこそがファン化の加速装置です。
感情の状態を測るKPI設計
「エモーショナルな要素をどう数値化するか?」という点にも触れておきます。代表的な指標として、ここではNES(Net Emotion Score)とEVI(Emotional Value Index)を紹介します。
Net Emotion Score (NES)
NES = ( %Joy + %Trust + %Pride ) - ( %Anger + %Disgust + %Fear )
こちらはブランド戦略ファームのBrandthro社が開発した指標で、SNSや口コミサイトの投稿をAIで感情分析し、リアルタイムに「ポジ・ネガ感情の差分」を追う仕組みです。感情の上がり下がりがダイレクトに可視化されるため、新機能リリースやキャンペーンの反応をすぐ捉えられます。
Emotional Value Index (EVI®)
EVI = Σ (感情強度 × 各接点の重み)
接点は 広告 / オンボーディング / コア体験 / サポート
など複数に分割し、それぞれの強度をスコア化して合計を出す手法です。
2023年の多業種パネル調査では、EVIスコアがトップ四分位のブランドはリテンションが平均+19%という結果も示されています。
事例でイメージを掴む
- Patagonia ― アクティビズムとCX(カスタマーエクスペリエンス)の統合
- BCorpの年次レポートでは、環境教育コンテンツを定期的に閲覧しているユーザーの再購入率は、閲覧していないユーザーに比べて+18%高いと示されています。単なる衣料品ブランドにとどまらず、「環境活動家としての役割」をユーザー自身が感じられる設計がファンを生む要因です。
- Glossier ― Superfanとの共創でBalm Dotcomをリニューアル
- Glossierが2023年に実施したBalm Dotcomの処方改良では、コミュニティからのフィードバックを反映し、わずか12週で再ローンチ。その結果、NPSが-6→+8へV字回復したと報告されています。ファンが本当に欲しい機能や成分を取り入れることで、強い共感が生まれた好例です。
- Strava ― アイデンティティとしてのランニングコミュニティ
- 「Year in Sport 2024」レポートによると、クラブ機能を利用しているユーザーの継続率は、未利用ユーザーに比べて+23%高いとのデータが示されています。競合が増え続けるスポーツ系アプリの中でも、「仲間と走る楽しさ」「挑戦を共有する文化」を体験設計に組み込むことで、高いエンゲージメントを維持しています。
今日から実践できるアクション
- ① Lover/Haterのペルソナを作る
まず自社のNPSデータやサポート問い合わせ履歴などから、極端に満足度が高い層・低い層を探し、各3〜5名でも良いのでインタビューできるようリストアップします。 - ② 1つでも擬人化質問を入れる
「もしプロダクトが人間だったら?」という質問は、感情的なニュアンスやブランディング上のキャラクターを言語化するのに役立ちます。
詳しくはユーザーインタビューの質問項目大全も参考にしてください。 - ③ Co-Creationワークショップを1回やってみる
KJ法やドット投票などの進め方を決め、ユーザーやチームメンバーを巻き込んだ小規模ワークショップを試行します。たとえ1時間でも、感情の“見える化”を体験するだけで得るものは大きいです。 - ④ Brand DNA Canvasを社内“憲法”化する
デザイナーやエンジニアが合意できるよう、キャンバスを見ながら機能要件を検討してみてください。「この機能はどのPillarを強化する?」という問いかけだけでも、意思決定がスムーズになります。 - ⑤ 簡易的なEmotionFitスコアを導入する
バックログの機能アイデアに対し、「ブランドの世界観を強化する:3」「どちらでもない:2」「矛盾する:1」のように採点し、優先度調整に活かしてみましょう。
Q&A
- Q1. 機能的JTBDをおろそかにして良いわけではないのでは?
- もちろん基本的な機能の品質は大前提です。ロード時間や安定性をおろそかにすると、そもそも「使う気になれない」状態に陥ります。ただし「機能的要素=使う理由」を高めても、「ファンになる理由」とは別軸だという点を意識することが重要です。
- Q2. BtoB向けSaaSでも“感情的JTBD”は通用しますか?
- はい、通用します。企業ユースの場合でも、最終的に意思決定を行うのは“個人”です。特に管理職や決裁者へのインタビューでは「プロフェッショナルとしての誇り」や「ビジネス上の名声・責任感」などの感情が強く働きますので、BtoB領域のユーザーインタビューの難しさや実施方法にも目を通すと良いでしょう。
- Q3. ユーザーコミュニティ運営にコストがかかりすぎるのが心配です。
- 必ずしもオフラインの大規模イベントを企画する必要はありません。例えばSlackやDiscordコミュニティなど手軽なオンラインプラットフォームで、初期はアンバサダー数名との会話からスタートしても十分成果を得られます。段階的な拡張でOKです。
参考情報
- The Market Research Event 2024 — 北米で定期開催されるマーケティングリサーチのカンファレンス。
- Aaker, D. (1996). Building Strong Brands. New York: Free Press.
- Brandthro社公式サイト:https://brandthro.com/
- BCorpレポート:Patagonia — PatagoniaのB Corp情報
- Glossier公式ブログ(Balm Dotcomリニューアルに関する投稿):
- Strava Year in Sport — https://blog.strava.com/
- McKinsey — コミュニティ戦略やブランディングに関する各種レポートを発行。
- クリステンセン, C. (2017). ジョブ理論 (Harvard Business School Press).
- ユーザーインタビューの質問項目大全 — Discovery段階でインサイトを得るための質問例を多数掲載
- 競争優位を築く「プロダクト全体や新機能のコンセプト」のつくり方 — Brand DNA策定のプロセスにも通じるコンセプト構築の実例
この記事は、僕が運営しているサイト PM × LLM STUDIO において、ユーザーインタビューやユーザーリサーチを中心に得た知見と最新の調査データを元に執筆しました
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