定量分析では埋もれる「N=1ユーザー」の異端なニーズからプロダクトをグロースする

ユーザーリサーチ

普段のログ分析や大多数へのアンケートを見ていると、新しい機能要望は“定番”のものばかりで、あんまり革新的な意見が出てこない……

ーーこんな悩みを抱えるプロダクトマネージャーは多いのではないでしょうか?

多数派のデータは傾向を捉えるのに便利ですが、その裏で埋もれている“ごく少数のユーザーの声”こそ、実はとんでもないイノベーションの種になる可能性があるんです。

本記事では、PdMが狙って拾いにいかないと流されてしまうN=1のユーザーの声やインサイトをどのように発見し、社内で素早く実験に落とし込むのか、その具体的な流れを紹介します


超少数派の要望が何を生むか

一般に、ユーザーリサーチといえば多数派を分析して、最もニーズの高い領域を見つける手法が多用されます。実際、ログ分析やアンケート結果で「なぜか一定数のユーザーが離脱しているポイントを洗い出す」「どの画面で躓いているかを定量で見る」など、数の力で浮かび上がる発見はとても有効です。

しかし「N=1のユーザー体験」――たった1人が提案する要望にこそ、既存枠組みを超えたアイデアや、想定外のユースケースが眠っていることがあります。

例えば、ある1ユーザーが思いもよらない方法でプロダクトを使っていたとしたら、それは新しい価値を創造するきっかけになり得ます。大多数の行動とは相容れないかもしれないけれど、その1例を丁寧に深堀りすると「実はこんな使い方が求められていたのか」とわかる瞬間がある。

このような超少数の要望を無視してしまうと、プラットフォームの新しい可能性を自ら潰す結果になりかねません。特に競争が激しい領域では、他社が気づいたN=1の声を先にプロダクト化し、大きくシェアを奪っていくこともあるのです。

破壊的イノベーションは“異端”から

破壊的イノベーション(Disruptive Innovation**: 従来の成功モデルを根本からくつがえす新しい価値創造)が起きるとき、その引き金になるアイデアは往々にして“異端”から生まれます。

これはクレイトン・クリステンセンの著書『イノベーションのジレンマ』(Harvard Business School Press, 1997)でも詳しく論じられています。
大多数のユーザーが抱える課題をベースに進化する“持続的イノベーション”と違い、破壊的イノベーションは初期段階ではニッチな需要に向けられることが多いです。最初は見向きもされなかったプロダクトが、急激に性能や体験を向上させることで多数派を取り込んでいく。

言い換えれば、PdMが「異端すぎるな」と判断してしまう領域こそ、将来の破壊的イノベーションを生む温床になります。ただし、異端のニーズは最初からユーザー数が少ないので、データ分析だけを行っていると拾いづらいのが実情。だからこそ、N=1であっても“意味のあるユーザーストーリー”を探すことが大切です。

見逃しがちな異端ログをどう発見する?

超少数派のユーザーの行動を示すログは、全体集計をしているだけでは埋もれがちです。大きな母数の陰に隠れて、ほとんど目立たない「1セッション」「1リクエスト」「1コメント」の単位で存在している。
見逃さないためには、以下のようなポイントを意識する必要があります。

  • 一定の集計レベル(例:全ユーザーのうちx%以上)ではなく、まずは生ログをのぞいてみる
    たまには定量ダッシュボードを一度脇におき、実際のイベントログやセッション単位などで生々しい行動を観察してみる。極端に小さいサンプルのほうが、逆に「なんだコレ?」と気づきやすいです。
  • ロイヤルユーザーの異様な行動をチェック
    ロイヤルユーザー(使用頻度が非常に高い、長期にわたって愛用している)のログは、時に独特の裏ワザ的な使い方をしているケースがあります。彼らの意図を聞き出すと、想定外の魅力を見つける手がかりになります。
  • 定量データから異常値をスクリーニング
    とはいえ全量を眺めるのは大変なので、まずは定量指標で“普通はここまでいかない”という閾値を設定してスクリーニングします。たとえば「同じ機能を1日に10回以上使うユーザー」などの基準を設定し、そこからさらに細かくログを深堀りしていくアプローチです。

いきなりまとまった結論を出そうとせず、「こんな行動ログがあるなんて、不思議だな」と思ったら積極的に調べる。そこからN=1の声を拾い上げる意識が大切です。

ログ分析×LLMでイレギュラー事例を掘り出す

最近はChatGPTや他のLLM(大規模言語モデル: Large Language Model)の活用により、膨大なログの中から“珍しい利用パターン”を半自動的に抽出することが可能になりつつあります。

例えば僕が実際に試した方法では、日次で大量に蓄積されるユーザーログをLLMに投げ込み、

  • 他の多くのユーザーと違う行動パターンを取っているユーザーID
  • 意外性のある操作シーケンス

といった切り口で要約させると、かなり効率的にイレギュラー事例を拾えました。

ユーザーインタビューで意図を深堀る

ただ、上記のようなログ分析だけではイノベーションは生まれないです。なぜなら、そのユーザーが「異端」な行動を取っている理由、さらには真意まではつかみきれないからです。そこで必要になるのが、ユーザーインタビューです。

特に超少数ユーザーは、たとえ1人でも直接話を聞くことで

  • 「なぜそんな使い方をするのか?」
  • 「そもそも何を実現したかったのか?」

などを突き止められます。ここで得られる発見は、大多数のユーザーでは考えつかない新しい視点をくれます。

関連するインタビュー手法については、僕が「ユーザーインタビューの目的・設計・やり方・分析まで完全ガイド」としてまとめた記事もあるので、初めてインタビューを実施する方はこちらもどうぞ。

ユーザーインタビューの目的・設計・やり方・分析まで完全ガイド
HRテック企業でプロダクトマネージャーをしているクロと申します。私はマーケ出身で博報堂、リクルート、toCスタートアップなどで累計600人以上にユーザーインタビューを実施してきました。さらに毎日LLM(ChatGPT等)を活用しながら、リサ...

“質問項目を準備しない”逆インタビュー方式

僕が個人的にオススメしているのが、“あえて質問項目をほぼ作らない”という逆インタビュー方式です。大まかなアジェンダは用意しつつ、台本のようなリストは用意しません。
理由はシンプルで、超少数ユーザーの独特な体験を前にしたとき、あらかじめ用意した質問では想定外の事実を引き出しにくいからです。

「実際の使い方を見せてもらいながら、その場で違和感を覚えたタイミングで深堀り質問を投げる」といったインプロビゼーション(即興)重視の方法が効果的。

具体的な深堀り質問の例を挙げると、

  • 「今の操作に至ったきっかけは何ですか?」
  • 「そのとき、他のツールではダメだった理由は?」

など、ユーザーの行動から派生して絶えず問いかけます。
この方法だと、思いもよらない要望や文脈が見えてきます。あらかじめ準備した質問の枠を超えて、ユーザーの脳内に眠っている潜在的な動機や課題を引き出せるのです。

事例:Figmaが本来想定外の使われ方を正式機能化

Figma(フィグマ)はクラウドベースのデザインプラットフォームとして有名ですが、その成長の一因となったのが「ユーザーが想定外の使い方をしていた」ことに気づいた開発陣の柔軟性でした。

当初FigmaはUIデザインツールとしての利用を主に想定していましたが、コロナ禍で「ブレスト会議用のホワイトボード代わり」に使うユースケースが拡大したそう。リアルタイムコラボレーションが可能で、マウスカーソルが各自どこにいるか見えたり、複数人が同時に編集できる機能がワークショップにぴったりだったわけです。

開発チームはこの超少数派ユーザーが生み出したユースケースに注目し、のちに正式に「FigJam」というオンラインホワイトボード機能をリリース。結果的に爆発的な支持を得て、デザイナー以外も含めた幅広い層へプロダクトが普及しました。

完全なN = 1の事例、というわけではないですが「“想定外の使い方”を見逃さず、むしろそれを新機能として拡張した」ことがポイント。それこそがプロダクトの差別化につながり、大きなグロースを後押ししました。

超少数のユーザー行動が成功を牽引

Figmaの例は決して特別なケースではなく、多くのスタートアップやプロダクトが、最初はニッチなユーザーベースから支持を得てスケールアップしていきます。

たとえばAirbnbも、初期段階では「こんなサービスを使う人なんてごくごく一部だろう」と言われていましたが、その少数ユーザーの高い熱量を見てサービスを継続・改善していきました。そうした取り組みがやがて大衆層を巻き込む大きなうねりに成長したわけです。

つまり、“エッジケース”とみなされる行動・要望が時に主流へ変わる瞬間がある。PdMがそのタイミングを見逃さず、実験を重ねることでプロダクトの新しい柱を創り出せます。

社内で異端提案を検証する体制

とはいえ、社内では「そんなニッチな要望にリソース割く意味あるの?」という声が上がりがちです。そこで大事なのは、検証プロセスを明確にし、少数要望に対するPoC(Proof of Concept)予算を確保すること。
たとえば以下のような流れで体制を整えます。

  1. 超少数要望のレポートを意思決定者に1on1などで壁打ちしながら巻き込む
    意思決定者との定例ミーティングで「今週見つかった面白い使われ方」のコーナーを設け、10分でもいいので異端事例を共有します。
    この時に大人数ではなく、1on1などの場で壁打ち的に相談すると、「あ、じゃあ今季の残り予算それに一部使っていいよ」「上はちょろっと話しておくわ」など味方になってくれるケースがあります(もちろん、仮説の筋によります)。
  2. 簡易PoCの枠を作る
    大がかりな開発に進む前に、モックアップや既存機能の設定変更などで実験できる仕組みを用意する。最低限の工数で、ユーザー反応を確かめてみる。
  3. 成功指標を明確化
    もちろん、すべてが成功するわけではないので「もしPoCをやるなら、どんな指標がポジティブに働けば本採用か?」を先に決める。実験の打ち切りラインもはっきりさせる。

この一連のプロセスが整っていれば、たとえN=1のアイデアでも検証に踏み切りやすくなります。プロダクトマネージャーとしては「1つでも多くの仮説を回す」ことが高速成長のカギ。
社内合意を取りづらい場合は、少人数で実行できる“小さいPoC”を積み重ねるとよいです。早期に成果(または失敗)が見えれば、上層部の理解を得やすくなります。


今日から実践できるアクション

  • 定期的に“生ログ”を目視チェック:ダッシュボードの全体数字だけで終わらず、生ログをのぞき“不思議”を探す癖をつけましょう。
  • ロイヤルユーザーへの深堀りインタビュー:少数でもやたら使い込んでいるユーザーに時間をとって、その使い方を見せてもらう。その場で疑問をぶつけ続ける。
  • PoCのための小さな予算枠を作る:週に数時間でも開発リソースを確保し、思いついた実験にすぐ取りかかれる体制を用意する。
  • “異端アイデア発表会”を1on1に組み込む:面白いログや要望をどんどん共有し、そこから実験テーマを見つけ出す仕掛けをつくる。

Q&A

Q1: 超少数派の要望が多すぎて、どれを優先すればいいかわからないです
A1: 最初は軽いPoCですべて試すくらいの姿勢で問題ありません。投下コストを小さく設計して「反応がよければ次に進む」という流れを作ればOK。重要なのは、早く試して早く見切ることです。
Q2: 社内で「そんな極端な要望は必要ない」と否定されがち……説得材料はありますか?
A2: 「少数要望には大きな伸びしろがある」という論文や先行事例(Figmaなど)を示すのが有効です。特に破壊的イノベーションがニッチから始まるという理論(クリステンセンのイノベーション論)は鉄板の説得材料になります。
Q3: ユーザーインタビューをしても、上手に深堀りできるか自信がありません
A3: まずは“質問項目を固めすぎない”逆インタビュー方式で挑戦してみてください。相手の行動を観察しながらリアルタイムで疑問を投げかけるやり方なら、想定外の情報を引き出しやすいです。詳しくは過去記事のインタビューガイドも参照ください。

参考情報

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