「プロダクトマネージャー(PdM)って結局、プロダクトに特化したマーケターでは?」
僕は元々マーケ出身ということもあって、どこまでがマーケ領域で、どこからがPdM領域なんだろうと、実は常に悩んできました。プロダクト開発とマーケティングの境界って曖昧ですよね。しかも最近では、大規模言語モデル(LLM)の発展によって、企画・開発・マーケ・セールス・サポートなどを1人で回してしまう“ソロプレナー”が増えています。
もしLLMをうまく活用すれば、これまで複数名で分業していたタスクさえ、個人レベルである程度まかなえる。そんな時代がもう目の前に来ているのでは? と感じます。そうなると、PdMとしてのアイデンティティが揺らぐ可能性もありますよね。「プロダクトは今まで通りPdMに任せてください」と言いつつ、マーケ領域にも踏み込む必要があるのか。それとも、その境界自体がなくなるのか。
この記事では、フィリップ・コトラーが提唱した「4P」(Product, Price, Place, Promotion)を振り返りながら、もともとはマーケティング領域だったプロダクト開発がなぜ分割され、PdMという職能が生まれたのかを整理します。さらに、LLMの登場がどのように「マーケター vs PdM」問題を変えつつあるのかにも迫ります。最後には、これからのPdMに必要なキャリア戦略も考えました。ソロプレナーのように幅広く活動するのか、それともチームで4Pを統合する役割を担うのか。ぜひ最後まで読んで、ご自身の道を見つめ直すきっかけにしてみてください。
コトラーの4Pとその歴史的背景
まずは根本に立ち返ります。マーケティング領域の古典理論として有名なのが、フィリップ・コトラーによる「4P」です。
4Pとは、Product(製品)・Price(価格)・Place(流通)・Promotion(販促)の四つを総合的に考え、顧客に価値を届けるための仕組みを設計することを指します。ここで注目したいのは、4Pの中に堂々と「Product」が含まれている点です。
つまり、歴史的にはプロダクトもマーケターの守備範囲とされてきました。これは、ピーター・ドラッカーの『現代の経営』(1954)などにも通じる考え方で、「マーケティングは製品開発から価格設定、販促施策、流通チャンネル構築まで一貫して見るべき」と説かれています。
ところが、ここ数十年でITサービスが爆発的に進化し、ユーザー体験の高度化や技術領域の専門化が進むにつれて、一人のマーケターが全部担うのはあまりにも負荷が高くなりました。SNSやSEO、プログラマティック広告など、プロモーション手法だけでも相当な深さがある。さらに、ネットサービスであればUI/UX設計や機能開発、ユーザビリティテストなど、プロダクト側の専門知識も必要になります。
「これ全部を網羅するのは無理!」という声が上がるのは自然な流れで、「デジタルマーケター」「コンテンツマーケター」「PdM」といった形で、4Pの一部を専門化したポジションが生まれてきたのです。
なぜ4Pが細分化されたのか
企業が大きくなり、競争が激しくなるほど、テクノロジーへの依存度が高まりました。昔はテレビCMや雑誌広告といった数少ないチャネルでキャンペーンを回していればよかったものの、現在ではSNS運用からウェブ接客ツールの実装、ABテストの実施など、マーケだけ見ても多岐にわたります。
プロダクトの領域でも同様です。UIデザイン、バックエンドの開発、継続的インテグレーション(CI)などを理解する必要があり、しかもユーザビリティリサーチやデータ分析を随時行わなければ競合に遅れを取る。
こうした背景が「プロダクト開発はPdMが中心になり、マーケは別途担当が行う」という分業制を加速させました。しかし、元来はマーケターがプロダクトまで見ていた歴史がある点は押さえておきたいです。
元々のマーケターの守備範囲
ハーバード・ビジネス・スクールが2022年に実施した調査では、「マーケティング部門を持つ企業の70%以上が、プロダクト企画段階からマーケ責任者を入れるべきだ」と回答したそうです。これは、コトラーが強調してきた「製品開発こそがマーケの起点」という思想と重なります。しかし、実際の企業文化を見ると分業が当たり前になり、結果としてPdMというロールが確立されていったわけです。
僕自身もマーケ出身でPdMをやっていると、「本来、マーケティングがやるはずだったプロダクト開発の一部領域を、今のPdMが引き受けているのでは?」と感じることが少なくありません。
LLM登場がもたらす“ソロプレナー”の時代
ここへ来て、大規模言語モデル(LLM)の登場がシーンを一変させつつあります。ChatGPTなどで文章作成やリサーチを自動化し、ノーコード/ローコードプラットフォームを組み合わせれば、1人でwebアプリを開発し、SNS広告を運用し、価格実験まで試せる可能性が現実味を帯びてきました。
「ユーザーリサーチを支援する最新AIエージェントツールまとめ(2025年3月)」でも言及しましたが、ツールの進化によってリサーチや分析のハードルが下がり、開発も自動生成ツールがサポートしてくれる。かつてはチームで分担しなければ回らなかった仕事が、“ソロプレナー”と呼ばれる1人の起業家がこなせる時代に突入しようとしています。
例えばSaaSの立ち上げにおいて、かつてなら「エンジニア1名・マーケ1名・PdM1名・デザイナー1名」など、専門職を集める必要がありました。ところが、LLMベースのコード生成ツールやデザインテンプレート、広告キャンペーンの自動化が整備されれば、これらの作業を最小限の人数(あるいは1人)でやり切れる環境が整ってきたと感じます。
もちろん“ソロプレナー”で全てをやり切るのは簡単ではありませんが、以前よりも確実にハードルが下がっているのは否定できないでしょう。すると、PdMを含む従来の「分業制チーム」はどうなるのか、という疑問が浮かび上がります。
マーケターとプロダクトマネージャーの境界線が消える
今までは、プロモーションとプレイス(流通)に強いマーケターと、プロダクト開発に強いPdMがそれぞれの領域を担い、組織の中で住み分けをしてきました。
- マーケター:SNS運用や広告運用、流通チャネルの開拓などがメインなど4Pだとプロモーションのやプレイスの領域
- PdM:要求定義やや機能要件の定義、開発チームとの調整などを主導
しかし、LLMによってスキル習得や情報収集が容易になると、両者の領域を横断する人材が増える可能性があります。マーケターがプロダクト設計まで踏み込み、PdMが広告運用や流通戦略も同時に考える。もともと4Pに含まれていたProductを再びマーケターが「取り戻す」形になるかもしれませんし、PdMが他の3Pをどんどん巻き取る形になるかもしれません。
組織文化(領域文化)に閉じこもるリスク
企業の中には、「プロモーションはマーケ部署」「プロダクト仕様はPdMとエンジニア」など、完全に分断された縦割り文化が残っているところもあります。これまではそれでも機能していたかもしれませんが、ユーザーは製品を一連の体験として捉えているため、プロモーションで掲げたメッセージと実際のUXが乖離すると一気に信頼を損ねることもあります。
LLMによる情報の垣根崩壊が進むほど「担当外だから無理」という言い訳は通用しにくくなるでしょう。こうした変化を見越して組織が学習機会や協業の仕組みを整えないと、時代に乗り遅れるリスクが高まります。
淘汰のシナリオ
ここでやや刺激的な表現をすると、「プロモーションとプレイスしかやらないマーケター」と「プロダクトしかやらないPdM」は、LLMの時代において淘汰される可能性があると感じます。
プロモーションとプレイスしかやらないマーケターの危機
SNS広告やキャンペーン運用といったプロモーションタスクは、すでにかなりの部分で自動化・効率化が進んでいます。特にLLMとRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を組み合わせれば、クリエイティブ生成や広告最適化を半自動で行うケースが増加中です(もちろん、この中でも一流のマーケやクリテイティブは専門職として残ると思います)。
そこにPdM視点を持った人材が加わると、「プロダクトの優位性」や「ユーザーの本質的ニーズ」を踏まえた緻密なキャンペーン設計が可能になります。
結果、プロモーションだけを職能とするマーケターは「全体戦略を描けるPdMや新世代マーケター」に取って代わられる恐れが出てくるのです。
プロダクトしかやらないPdMの危機
一方で、「要求定義や開発ディレクションだけ」を行うPdMも、マーケティングや価格戦略まで踏み込めるマーケターが登場すると存在感が薄れるかもしれません。SaaSでは、月額料金やフリーミアムプランの設定など、価格・プラン設計が売り上げを左右します。これを従来のPdMが「うちは月額◯円でいきます」と設定してきたかもしれませんが、LLM+実践経験のあるマーケターがデータドリブンに仮説検証すれば、より優れたプライシングを実現する可能性は十分にあります。
PdMが「プロダクトの開発だけ」を見ている間に、マーケターがプロダクト含めた4P全域でシナリオを作ってしまえば、そのPdMの存在理由は揺らぎます。
LLMが引き起こす“役割の大融合”
これまで大企業ほど、専門家を大量に揃えて分業するほうが効率的とされてきました。ところが、LLMが現れたことで専門的なナレッジを誰でも引き出せるようになると、スモールチームやソロプレナーでも質の高いアウトプットを短期間で出せるようになるでしょう。
大企業がもっていた“専門組織”としての優位性が相対的に小さくなるとも言えます。
となれば、役割の垣根が溶けて「マーケター=PdM=開発者」みたいなマルチロールをこなす人材が増えていく未来もそう遠くはありません。現場レベルでこうした動きが加速すれば、既存の役割定義は再編を余儀なくされるのではないでしょうか。
“マーケターが4Pを取り戻す” その先にあるもの
原点回帰で、マーケティング全体を担うマーケター
コトラーが提唱した4Pに立ち返るなら、まさにProductもマーケターの領域です。分業体制が当たり前だった時代が変わりつつあるいま、マーケターが企画段階からプロダクトの魅力を設計し、ユーザーインタビューやユーザビリティテストにも積極的に参加する姿が増えるかもしれません。
そんな“4Pオールマイティ”なマーケターのもとでは、いままでPdMが担当していたプロダクト要求/要件定義も取り込まれ、「マーケターこそがPdMの仕事まで担う」という流れも起こり得るでしょう。意思決定が早い分、グロースのスピードも上がる可能性があります。
PdMとしての道はどうなるのか?
とはいえ、PdMは不要になるのかと言えば、そうとも限りません。PdMが大きく舵を切り、ソロプレナーのように幅広い領域をカバーする進化を遂げることもあり得ます。たとえばプロモーションや営業まで手を伸ばすPdMが、「顧客の声を聞いたらすぐに機能を作り変え、それをマーケメッセージにも反映する」という超アジャイルな動きを実現するかもしれません。
一方で4Pを理解しながら、組織内で専門家同士を結び付ける“ファシリテーター”的ポジションを目指すのも1つの道です。結局のところ「プロダクトだけを見ていればいい」はリスクが高い。幅広いスキルや視点を誰よりも強く持つことが、PdMとして生き残る鍵になるだろうと感じます。
新しい職種の創出もあり得る
近年のスタートアップやグロース部門では「Growth Lead」「Revenue Lead」「Head of Product & Marketing」など、従来とは違う肩書きを見る機会が増えました。実際にやっていることは「4Pすべて+α」といった内容で、チームの垣根を跨ぎまくりながら事業を動かすポジションです。
肩書きよりも「ユーザーに価値を届けるために必要なことは何でもやる」という実行力が重視されるのが今のトレンドかもしれません。PdMという看板にこだわるより、自分が4P全体にどう貢献できるかを見直してみる価値がありそうです。
これからのキャリア戦略
以上を踏まえると、これからPdMとしてやっていくにも、マーケターとして進むにも、4Pを横断する知識・経験が求められる可能性が高いです。とりわけLLMが当たり前のインフラとして定着すれば、もはや「知らない領域なので学べません」という言い訳は通用しなくなります。
▼個人としてのサバイバル戦略
1 / 4Pの基礎知識を身につける
- プロモーションに強いマーケターはProductやPriceのノウハウを学ぶ
- PdMはチャネル戦略やセールスプロセス(Place)まで理解を深める
2 / LLMを活用して一気に吸収する
- わからない分野でもLLMで資料を要約させ、仮説検証する
- 自動生成ツールを活用しながら、スピード感のある学習を意識する
3 / 実務でトライ
- 小さなA/Bテストやユーザーインタビューを率先してリードする
- 「ちょっと触れてみる」感覚でも大きな学びがある
4 / 副業や小規模プロジェクトでソロプレナー体験
- 個人でサービスを立ち上げ、少額でも収益を出してみる
- 4P全体を通しで体験することで、チームで働くときの視座が上がる
PMとマーケターが協業する未来
「PdM vs マーケター」ではなく、ユーザー視点から4Pをどう最適化するかを考えることがゴールです。大事なのは役職名より実行力。特にLLMが普及する今後は、知識をオープンにし合い、柔軟に領域を越境するチームが成果を出すようになるでしょう。
おわりに
近年、PdMという役割が急速に注目されてきましたが、LLMの浸透によってその存在意義が改めて問われ始めています。マーケターが4Pを再び取り戻すかもしれないし、逆にPdMが4P全域に踏み込むかもしれない。いずれにせよ「自分の担当領域だけやってれば安泰」という時代は終わりに近づいていると感じます。
僕自身は、マーケ出身のPdMとして日々模索しながら、LLMを使って新しい領域を学びつつ“ユーザーに価値を届ける”ことを最優先に行動していこうと思います。
今日から実践できるアクション
- ① 自分の得意分野と隣接分野を洗い出す
もしプロモーションに強いなら、思い切ってプライシングやプロダクト戦略を勉強してみる。逆にPdMなら、マーケ施策やチャネル構築をLLMでリサーチする。 - ② 4P全体を視野に入れた“ひとりハック”を試す
仮のプロダクトアイデアをつくり、LLMを使ってペルソナ設定→価格案→販促プラン→流通ルート案まで一通り検討してみる。サイドプロジェクトでもOK。 - ③ 組織の分業を見直す提案をする
「プロモーション担当」「プロダクト担当」で完璧に縦割りなら、混成チームを作ってLLM導入実験をやってみる。少数チームで動くと発見が多い。 - ④ 次のキャリアを考える際、広い視野を持つ
マーケ職かPdM職かで迷う場合、両方のスキルを磨ける環境を選ぶのも一手。あるいは副業や個人プロジェクトでソロプラナー体験をして、4Pを横断する実感を得る。
参考情報
- フィリップ・コトラー (2016) 『マーケティング・マネジメント 第14版』 ピアソン出版
- ハーバード・ビジネス・スクール (2022) “The Evolving Role of Marketing in Product Development”
- ピーター・ドラッカー (1954) 『現代の経営』 ダイヤモンド社
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