BtoBインタビューに潜む「政治バイアス」を理解し、「壁」を突破するユーザーリサーチ手法

プロダクト企画

ユーザーは『この機能、最高です!』と言ってくれた。手応えは十分だったはずだ。なのに、なぜか導入は進まない…

BtoBのプロダクトマネージャー(PdM)なら、一度はこんな経験をしたことがあるのではないでしょうか。なぜ、こんなことが起きるのか?

複雑な要因があると思いますが、その1つはBtoBプロダクトが対峙するのが「個人」ではなく、複雑な力学の働く「組織」だからです。そして、その組織の中には、必ず「政治的バイアス」が存在します。

この記事では、厄介な「政治的バイアス」を乗りこなし、顧客の本当の課題を見抜くための具体的なインタビュー術を紹介します。

この記事の要約

  • BtoBインタビューに潜む「5つの政治的バイアス」の正体を理解し、その背景にある組織力学を読み解く。
  • 「決裁者は誰ですか?」といった直接的な質問を避け、顧客の意思決定プロセスを解剖する「戦略的質問フレームワーク」を習得する。
  • インタビューで得た情報を「政治マップ」に落とし込み、精度の高いインサイトをプロダクト戦略や導入計画に繋げる分析手法を学ぶ。

なぜBtoBインタビューが「表層的」で終わるのか?

BtoCプロダクトであれば、ユーザーの「欲しい」「便利だ」という感情が、そのまま利用や購入に直結することが多いです。しかし、BtoBの世界はそう単純ではありません。

  • プロダクトを実際に使うことになる現場の担当者(ユーザー
  • その導入を決定し、お金を払う決裁者(バイヤー

の2役割り多くの場合別人です。さらに、その間には情報システム部、法務部、経営企画部など、様々なステークホルダー(利害関係者)が存在します。

彼らはそれぞれの立場、ミッション、そして個人の評価に基づいて発言します。ここに「政治的バイアス」が生まれる土壌があるのです。

例えば以下のような感じです。

  • 現場担当者が「このツールがあれば業務が劇的に楽になる!」と絶賛
  • その上司は「新しいことを覚えるのが面倒だ」と思っている
  • 情報システム部は「セキュリティリスクが懸念される」と難色を示す
  • 経営層は「費用対効果が不明確だ」と判断する

つまり、目の前の担当者の「ポジティブな発言」だけを鵜呑みにするのは、氷山の一角だけを見て航海に出るようなもの。水面下に隠された巨大な氷塊、すなわち組織の力学に気づかずに進めば、プロダクトという船はいずれ座礁してしまいます。

重要なのは、彼らの言葉を「ファクト」としてそのまま受け取るのではなく、「なぜ、彼/彼女は、その立場で、そう発言するのか?」というコンテクストを深く理解すること。これこそが、表層的なインタビューから脱却するための第一歩です。

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BtoBインタビューに潜む「5つの政治的バイアス」

「政治的バイアス」と一言で言っても、その現れ方は様々です。ここでは、代表的な5つのバイアスをキャラクター化して整理してみます。それぞれのバイアスの特徴を知ることで、インタビュー中に「あ、今このバイアスが働いているな」と客観的に認識できるようになります。

① 部門最適の代弁者

彼らは、所属する部署の利益を最大化することを第一に考えます。彼らの発言は、部署全体の意見を代表しているように聞こえますが、その実、全社的な視点が欠けていることが少なくありません。

  • 口癖: 「我々の部署としては…」「営業の現場では…が最優先です」
  • 背景: 部署のKPI達成や、他部署に対する優位性の確保が大きな関心事。プロダクトが自分の部署にどれだけ貢献するかが判断基準。
  • 対処法: 彼らの課題を深く理解し共感を示しつつ、「その課題は、他の部署(例えば、マーケティング部や開発部)にはどのような影響がありますか?」と質問し、視野を広げてもらう。

② 責任回避の傍観者

変化を好まず、現状維持を望むタイプ。新しいツールの導入によって発生するリスクや、自身の業務負荷が増えることを極端に恐れます。そのため、プロダクトの欠点や導入の難しさをことさらに強調する傾向があります。

  • 口癖: 「面白そうですが、うちは特殊なので…」「導入でトラブルが起きたら誰が責任を取るんですか?」
  • 背景: 「余計な仕事はしたくない」「失敗して評価を下げたくない」という強い防衛本能。
  • 対処法: 真正面から反論せず、「なるほど、確かにそのようなご懸念はもっともです。ちなみに、過去に新しいツールを導入された際、どのような点が特に大変でしたか?」と、過去の事実(ファクト)を聞き出すことで、具体的な障壁を特定する。

③ 理想を語る改革者

ビジョンや理想論を熱く語りますが、現場の実態や実現可能性への配慮が欠けていることがあります。彼らはプロダクトの先進性に強く惹かれる一方で、泥臭い運用や地道なデータ移行といった現実的な課題からは目をそらしがちです。

  • 口癖: 「これからはAIの時代だ」「業界全体を変革するべきだ」
  • 背景: 最新トレンドに詳しく、社内での先進的なポジションを築きたいという意欲がある。しかし、実務経験が乏しい場合も。
  • 対処法: 彼らのビジョンに敬意を払いつつ、「素晴らしいですね!その未来を実現するために、まず最初の小さな一歩として、何から始めるのが現実的だと思われますか?」と問いかけ、具体的なアクションに落とし込んでもらう。

④ 権限誇示のゲートキーパー

自分が意思決定プロセスにおいて重要な役割を担っていることをアピールしたがるタイプ。時には、実際以上の権限を持っているかのように振る舞うこともあります。彼らの承認がなければ何も進まない、という状況を作り出そうとします。

  • 口癖: 「その件は、まず私を通してください」「私がOKと言わないと上は動きませんよ」
  • 背景: 組織内での影響力を誇示したい、あるいは外部のベンダーに対して優位に立ちたいという心理。
  • 対処法: 彼らを尊重し、味方につけるのが得策。「〇〇様のお力添えが不可欠だと感じております。このプロジェクトを成功させるために、他にどなたのご意見を伺っておくべきでしょうか?」と、彼らを立てつつ、他のキーパーソンへの紹介を促す。

⑤ 現状維持の抵抗者

これは「責任回避の傍観者」と似ていますが、より能動的に変化に抵抗するタイプです。現在の業務フローやツールに習熟しており、それが変わることで自身の価値が損なわれることを恐れています。

  • 口癖: 「今のやり方で特に困っていません」「その機能、本当に必要ですか?」
  • 背景: 長年の経験で培った「職人技」が、新しいツールによって陳腐化することへの危機感。
  • 対処法: 彼らの現在のやり方を否定せず、まずはリスペクトを示す。「長年この方法で成果を出されてきたのは本当に素晴らしいですね。その上で、もし『ここだけは少し手間だ』と感じる部分があれば、参考に教えていただけませんか?」と、ユーザーの「ワークアラウンド(代替手段)」に隠れた小さな不満を聞き出す。
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これらのキャラクターを念頭に置くだけで、インタビュー中の発言をより多角的に解釈できるはずです。


とはいえ、toC同様に”仮説”が羅針盤。インタビュー前に勝負の8割は決まる

優れたインタビューは、場当たり的な質問からは生まれません。その成否は、インタビューに臨む前の「準備」で8割決まると言っても過言ではないでしょう。特に重要なのが、「仮説構築」です。

仮説なきインタビューは、目的もなく航海に出るようなもの。相手のバイアスに流され、ただ雑談をして終わってしまいます。質の高い仮説という羅針盤があって初めて、僕らはバイアスの海の中からインサイトという宝島に辿り着けるのです。

質の高い仮説を立てるための事前リサーチ

では、どうやって仮説を立てるのか?それは、地道な情報収集から始まります。僕がインタビュー前に行っているリサーチは主に以下の通りです。

  • 企業の公開情報: 有価証券報告書(特に「事業等のリスク」の項目)、中期経営計画、プレスリリース。これらから、企業が今、何を目指し、何を課題としているのかという大きな方向性を掴みます。
  • 業界ニュース・専門誌: 対象企業が属する業界全体のトレンドや課題を把握します。競合他社がどのような動きをしているかを知ることも重要です。
  • キーパーソンの情報: 企業のウェブサイトやLinkedInで、インタビュー相手やその上司の役職、経歴、過去の発信などを確認します。どのようなミッションを担っている人物なのかを推測するヒントになります。

これらの情報を基に、チームで筋の良い仮説を立てていきます。例えば、ある企業が「DX推進」を中期経営計画で謳っているにも関わらず、現場の口コミサイトでは「社内システムが古い」という声が多ければ、「経営層の意向と現場の実態に大きなギャップがあり、DX推進を担う部署は強いプレッシャーを感じているのではないか?」といった仮説が立てられます。これが、インタビューで深掘りすべきポイントになります。

この準備段階で立てた仮説が、次の章で紹介する「戦略的な質問」の質を大きく左右するのです。

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意思決定プロセスを暴く「戦略的質問フレームワーク」

さて、いよいよインタビュー本番です。準備した仮説を検証し、顧客の深層心理に迫るための「質問」が我々の武器となります。

ここで多くのPdMが犯しがちな過ちが、「決裁者は誰ですか?」という直接的な質問です。これは最悪の質問の一つ。相手は警戒し、「私が窓口です」と本音を隠してしまうでしょう。これでは、ゲートキーパーの思う壺です。

優れたPdMは、直接的な質問を避け、パズルのピースを集めるように、間接的な質問を重ねることで意思決定の全体像を浮かび上がらせます。ここでは、5つの質問フレームワークを紹介します。

① 課題の所有権を探る質問

「誰が一番困っているか」を特定する質問です。課題の当事者意識が最も高い人物こそ、導入を推進してくれる「チャンピオン」になる可能性を秘めています。

NG例: 「この課題は誰の課題ですか?」
OK例: 「その問題が解決されない場合、最もインパクトを受けるのはどなたのKPI(重要業績評価指標)でしょうか?」
OK例: 「この件で、夜も眠れないほど悩んでいる方がいるとしたら、どなただと思われますか?(前提を極端にすることで答えやすくする)」

② 影響の輪を広げる質問

目の前の担当者だけでなく、他のステークホルダーを特定するための質問です。これにより、思わぬ協力者や抵抗勢力の存在に気づくことができます。

NG例: 「他に誰に聞けばいいですか?」
OK例: 「このプロジェクトを前に進める上で、特に協力を取り付けておく必要がある部署や方はいらっしゃいますか?」
OK例: 「本日いただいたご意見は、ぜひ〇〇部の方にもお伝えしたいのですが、ご紹介いただくことは可能でしょうか?」

③ 過去の成功/失敗体験から学ぶ質問

過去の事例を聞くことで、その企業独自の導入プロセスや、見えない障壁、そして「お作法」を知ることができます。『The Mom Test』で語られるように、未来の意見ではなく過去の事実に焦点を当てることが重要です。

NG例: 「導入はスムーズに進みそうですか?」
OK例: 「ちなみに、過去に新しいツールを導入された際のご経験で、特にスムーズに進んだ点や、逆に想定外のところで時間がかかった点があれば、ぜひ参考にさせてください」

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④ 予算の源泉を辿る質問

お金の話は非常にデリケートです。直接的な聞き方は避け、「一般的な話」として質問することで、相手の警戒を解きながら情報を引き出します。

NG例: 「予算はありますか?いくらですか?」
OK例: 「もし仮にこのようなツールを検討する場合、一般的に、御社のような企業では、どの部門の予算から拠出されることが多いのでしょうか?」
OK例: 「この投資対効果を説明する場合、どのようなデータや指標があると、上層部の方はご判断しやすいですか?」

⑤ 暗黙の制約条件を炙り出す質問

公式なルールブックには書かれていない、その組織特有の「暗黙の了解」や「見えない壁」を探る質問です。これが、後々の導入プロセスで大きな助けとなります。

OK例: 「このプロジェクトを進めるにあたって、我々のような外部の者が、事前に知っておくべき『暗黙のルール』や『お作法』のようなものはありますか?」
OK例: 「もし〇〇様が私の立場で、この提案を社内で通すとしたら、まず誰に、どのように話を持ちかけますか?」

これらの質問を駆使することで、あなたはインタビューを通じて、顧客組織の地図を手に入れることができるのです。


発言の裏を読む「シグナル検知」と「軌道修正」

また、ここまでを抑えたとしても、インタビューは台本通りに進むものではありません。準備した質問を投げかけるだけでなく、相手から発せられる様々な「シグナル」を敏感に察知し、臨機応変に軌道修正していくスキルが求められます。

ここで言うシグナルとは、言葉そのものだけではありません。むしろ、非言語的な情報にこそ、相手の本音が隠されています。

  • 声のトーンや速さ: 特定の話題(例えば、予算や上司の話)になった瞬間に声が小さくなったり、早口になったりしないか。
  • 表情や視線: ある質問をした時に、一瞬眉をひそめたり、視線を泳がせたりしないか。心理学者のポール・エクマンが研究した微表情(Micro Expressions)は、抑制できない本音が一瞬現れる現象として知られています。
  • 沈黙や躊躇: 即答できない、あるいは言葉を選ぶような「間」は、何か言いにくいことがあるサインかもしれません。

こうした非言語的なシグナルを検知したら、それは深掘りのチャンスです。ただし、相手を問い詰めるような聞き方はNG。「何か隠していますね?」なんて言ってはいけません。

そうではなく、以下のようにあくまで相手への配慮を示しながら、丁寧に探りを入れていきます。

  • 「少し考え込んでいらっしゃるように見えましたが、何かご懸念な点でもありましたか?」
  • 「今のお話、非常に興味深いですね。もう少し背景をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
ユーザーインタビューで「非言語情報」から「本音」を見抜く観察手法
ユーザーインタビューは主に言語情報からインサイトを引き出す手法ですが、インタビュイーの表情や仕草、使い方のクセなど「非言語的なサイン」から得られる知見も膨大です。この非言語情報を観察(オブザベーション)することで、ユーザーの言葉にならない不...

「矛盾」こそがインサイトの源泉

複数の人物にインタビューをしていると、必ずと言っていいほど「発言の矛盾」に遭遇します。例えば、

  • 現場担当Aさん: 「新しいシステムは、とにかく使いやすさが第一です」
  • 情報システム部Bさん: 「最優先すべきは、セキュリティと既存システムとの連携です」

この矛盾を見つけた時、「どちらが正しいんだ?」と考えるのではなく、「この矛盾こそが、この組織が抱える課題の構造そのものだ」と捉えます。

この場合、「現場の利便性」と「全社の統制・セキュリティ」という、BtoB組織に普遍的に存在するトレードオフが顕在化したと言えます。我々のプロダクトが解くべき課題は、このトレードオフをいかにして解消、あるいは両立させるかにある、という顧客インサイトに繋がるのです。

「顧客インサイト」を理解した上で、発見し活用する
突然ですが、僕自身プロダクトマネージャー業務をしたり、過去のマーケター業務を振り返ると、「単なるデータや要望ではなく、“インサイト”をいかに正しく捉えるか」がプロダクトの方向性を左右すると強く実感しています。いくら顧客の声を集めても、表層に...

「政治マップ」でインサイトを可視化し、アクションに繋げる

ここまでのことを抑えて実際にインタビューに出て、ファクトを集めたとしましょう。Good Jobです!

ただし、この、インタビューで集めた数々のピースをバラバラのままにしていては、宝の持ち腐れです。最後のステップは、これらの情報を統合・分析し、具体的なアクションに繋がる「一枚の絵」を描くことです。

そのための強力なツールが、「政治マップ」と呼んでいる、ステークホルダーマッピングです。

政治マップの作り方

作り方はシンプルです。一枚のホワイトボードやMiroなどのツールを用意し、2つの軸を設定します。

  • 縦軸: プロダクト導入への「賛成度」(上が賛成、下が反対)
  • 横軸: 組織内での「影響力」(右が大きい、左が小さい)

この4象限の中に、インタビューで登場した人物をプロットしていきます。プロットする際には、以下の情報を付箋に書き出します。

  • 名前と部署・役職
  • 彼/彼女の関心事(KPI、ミッション)
  • 印象的だった発言(特にポジティブ/ネガティブなもの)

このマップを作成することで、組織内の力学が一目瞭然になります。

  • 右上(賛成度 高 × 影響力 大): チャンピオン
    • このプロジェクトを成功させるための最重要人物。彼/彼女をいかに支援し、社内での活動を後押しするかが鍵。
  • 右下(賛成度 低 × 影響力 大): ブロッカー
    • 最も警戒すべき存在。彼/彼女の懸念(セキュリティ、コスト、権力闘争など)を正確に把握し、その懸念を払拭する材料を提供するか、あるいは彼/彼女を無力化する戦略が必要。
  • 左上(賛成度 高 × 影響力 小): サポーター
    • 彼らは味方ですが、一人では状況を動かせない。彼らを通じて、現場の具体的な課題や成功事例を集め、「チャンピオン」や経営層を説得するための弾薬とする。
  • 左下(賛成度 低 × 影響力 小): 中立/抵抗者
    • 現時点では大きな脅威ではないが、無視は禁物。彼らの不安を放置すると、ブロッカーに同調して大きな抵抗勢力になる可能性がある。

例えば、かつてSalesforceが巨大企業に導入された際、彼らは最初から全社導入を狙うのではなく、まずは特定の営業部門といった「サポーター」や「チャンピオン」を見つけ出し、そこで圧倒的な成功事例を作りました。その成功という「ファクト」を武器に、懐疑的なIT部門(ブロッカー候補)や経営層を説得し、徐々に全社へと展開していったのです。これは、政治マップを巧みに活用した戦略の好例と言えるでしょう。

このマップがあれば、「次に誰に会うべきか」「プロダクトのどの価値を誰に訴求すべきか」「ロードマップの優先順位をどう伝えるべきか」といった、極めて具体的な戦略を立てることができます。これこそ、インサイトを成果に繋げるための実践的なアウトプットなのです。

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まとめ:顧客の「パートナー」となるために

ここまで、BtoBインタビューにおける「政治的バイアス」を読み解くための具体的な手法について解説してきました。

これらのテクニックは、単に相手を出し抜いたり、プロダクトを売り込んだりするためのものではありません。その本質は、顧客という「組織」を深く、多角的に理解するための「共感力」です。

  • 部門間の対立
  • 個人の葛藤
  • 予算の制約

そうした複雑な状況の中で、それでもより良い未来を目指そうとしている顧客の姿を解き明かすこと。そして、彼らが抱える本当の課題を彼ら自身よりも深く理解し、解決策を提示する。

それができた時、我々プロダクトマネージャーは、単なる「ベンダー(売り手)」から、顧客の成功を共に実現する真の「パートナー」へと昇華できるのだと、僕は信じています。


今日から実践できるアクション

  1. 次のBtoBインタビューの前に「政治マップ」の雛形を用意する: 縦軸に「賛成度」、横軸に「影響力」を書いた紙やデジタルホワイトボードを準備し、インタビュー中に登場した人物をプロットしてみましょう。
  2. 「戦略的質問」を1つだけ選んで使ってみる: 「過去の導入事例について聞く」「影響の輪を広げる質問をする」など、覚えやすいものを1つだけ選び、次のインタビューで必ず使うと決めてみましょう。
  3. チームで顧客の「バイアス仮説」を議論する: インタビュー対象者の部署や役職から、「あの人はこんなことを言いそうだよね」というバイアス仮説をチームで話し合ってみましょう。ゲーム感覚でやることで、楽しみながら組織理解が深まります。

Q&A

Q. インタビューできる相手が、担当者1人しかいない場合はどうすればいいですか?
A. その場合でも、諦める必要はありません。その担当者の方に「社内の専門家」になってもらいましょう。「もし〇〇様が、セキュリティの専門家だったら、どんな点が気になりますか?」「もし〇〇様が、経理部長だったら、どんな費用対効果を求めますか?」と、一人多役を演じてもらうことで、他のステークホルダーの視点を引き出すことができます。
Q. 明らかに相手が嘘をついている、あるいは話を逸らしていると感じたらどうすれば?
A. 相手を追い詰めたり、嘘を暴こうとしたりするのは逆効果です。なぜなら、その嘘や逸らし自体が「重要なシグナル」だからです。その話題が、彼/彼女にとって非常にデリケートか、あるいは触れられたくない何かがある証拠です。深追いはせず、一度話題を変えましょう。そして、「なぜあの話題を避けたのだろう?」という問いを、後で政治マップを分析する際の重要な論点として持ち帰るのが賢明です。
Q. 政治的な話ばかりで、肝心のプロダクトの課題について話す時間がなくなってしまいそうです。
A. 非常に良い質問です。重要なのはバランスです。インタビューの目的は、あくまでプロダクトを改善するためのインサイトを得ること。政治の話は、そのための「コンテクスト理解」と位置づけましょう。僕の場合は、インタビュー時間を60分とするなら、序盤の15-20分を関係性の構築と組織全体の課題感(政治的な背景を含む)の把握に使い、残りの時間で具体的なプロダクトの話にフォーカスすることが多いです。政治マップが頭に入っていれば、プロダクトの話をする際も「この機能は、あのブロッカーの懸念を払拭するために使えるな」といった、より戦略的な視点でヒアリングができるようになります。

参考情報

  • Rob Fitzpatrick (2013), The Mom Test: How to talk to customers & learn if your business is a good idea when everyone is lying to you.
  • Jeffrey Pfeffer (2010), Power: Why Some People Have It—and Others Don’t.
  • Paul Ekman (2003), Emotions Revealed: Recognizing Faces and Feelings to Improve Communication and Emotional Life.

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