なぜ、インタビューで「理想イメージ」を聞くのか?
ユーザーインタビューでは、現状の課題や要望をヒアリングしますよね。もちろんそれらを理解することはプロダクトマネージャー(以下、PdM)にとって重要ですが、「ユーザーが本当に実現したい理想的な状態」は、実は課題や要望の陰に隠れていて、ユーザー自身もはっきりと自覚していない場合があります。
なぜ理想イメージを聞くのか?――
それは、プロダクトビジョンを明確化し、チームや経営層を巻き込みやすくするため。現状の課題だけを捉えていると、どうしても現時点の最適解や小さな改善に終始しがちです。しかしユーザーにとっての“理想的な未来”を知ることができれば、そこに至るために必要なステップをプロダクトロードマップに落とし込むことができ、ユーザーの“まだ言語化されていない潜在ニーズ“すら先回りして検討できるようになります。
未来志向のインサイト
PdMは日常業務の中だと、どちらかといえば「今ある課題をいかに解決するか」に注目しますが、ユーザーが抱える潜在ニーズや、将来的に「こうなっていたら嬉しい」という理想像は、単純な課題とは違うレイヤーに存在します。ユーザーが普段から意識していないからこそ言葉にしづらく、一般的な課題ヒアリングではなかなか出てこないのです。
ユーザー自身に「未来を自由に想像させる」のではなく、過去の類似体験や、具体的な現場のコンテクストを丁寧に尋ねながら、理想像に近いファクトを積み上げていくことが大切。

実際、IDEOのデザイン思考など多くのユーザーリサーチ手法でも、「潜在的な要望や新たなインサイトを掘り起こす」ことの重要性が繰り返し強調されています。また、クレイトン・クリステンセンのジョブ理論(JTBD)においても、「ユーザーはどんな状況でどんな進歩を遂げたいと思っているのか」を見抜くことで、まだ顕在化していないビジネスチャンスが浮かび上がるとされています。僕もマーケ出身PdMとして、この“未来志向のインサイト”がユーザーインタビューの醍醐味だと感じます。
潜在要望を顕在化させる具体的な質問設計
ただ、現実的には、ユーザーに「未来はどうなっていたいか?」とストレートに聞いても、多くの場合は表面的な回答や想像の産物にとどまってしまいます。原則として「ユーザーは未来を語れない、聞くのはファクト」です。
しかし、その先にある“理想イメージ”を引き出すにはコツがあります。主に以下のようなアプローチが有効。
1. 過去の成功体験や嬉しかった瞬間から掘り下げる
ユーザーが「これまでに最もスムーズに目的を達成できた瞬間」や「最高にうまくいった瞬間」を聞き出し、なぜうまくいったのか、そのとき何が支援になったのかを深堀りします。そこにはユーザーが大事にしている価値観や目指したい状態のヒントが含まれています。あくまで過去の体験という事実ベースで話を聞くため、抽象的な未来の夢物語にはなりにくい利点があります。
要するに、ユーザーはすでに理想の状態を過去に瞬間的に経験しており、それを引き出す、というアプローチです。
2.「もしこれが解決されていたとしたら?」と具体的な状況設定を提示する
とはいえ、ユーザーの現在の経験や気持ちだけからは理想像が出にくいこともあります。その場合、「今抱えている課題が解決されていたら、どんな状態になっているか」を具体的なシナリオをもとに尋ねると、ユーザーが頭の中に“理想的な利用状況”を自然に思い浮かべます。これも「未来を抽象的に語らせる」のではなく、あくまでも現在の課題の延長線で考えてもらう工夫です。
こうした質問設計の詳細については、同サイトの「ユーザーインタビューの質問項目大全:今日から使える具体質問例と定石」でも具体例が多数紹介しているので、合わせて参照ください。

具体例・ストーリーテリングをユーザーに促す
また、より解像度の高い理想イメージを引き出すためには、「具体的なストーリー」をユーザーに思い出してもらうことが重要。
抽象的な「こうなりたいと思う」だけを聞いても、言葉がふわりと浮いてしまいがちです。そこで、ユーザーには「実際に同じような状況でどう動いたか」や「類似の課題を解決した過去の実話」について、ストーリーテリング形式で詳しく語ってもらいます。
ポイントは、ユーザーがそれを体験したときの感情・行動・思考を時系列で追いかけること。そして、そこに「もっとこうだったら良かったはず」という言葉や仕草がないかを観察することです。すると、ユーザーの中に漠然とあった理想的な利用状況や、「こんな体験を再現して欲しい」という強い期待が見えてきます。この一連の分析には、定性的データの取り扱いに熟達したファシリテーションや、発言内容を俯瞰できるフレームワークが役に立ちます。
ビジョンに落とし込み、組織・経営層に提示
抽出したユーザーの理想イメージをプロダクトビジョンに落とし込むためには、PdMがまず「この理想イメージはプロダクト全体のどの部分と紐づいているか」を明確にする必要があります。ユーザーの理想像が、UIの使いやすさを求めるレベルなのか、企業課題を包括的に解決するアプリケーション基盤の話なのかによって、注力すべき開発スコープや組織体制は変わってきますよね。
また、経営層やステークホルダーの巻き込みにおいては、単に「ユーザーがこう言っていました」と定量的にも当然通じず、インタビューのストーリーやユーザーの声そのものを素材として見せることが効果的です。僕は大事なプレゼンの際には、ユーザーの生の声を短い引用やショートビデオで提示して、経営層がユーザーと同じ目線で“理想イメージ”を共有できるように工夫することもあります。この点は、以下の記事でも詳しく扱っています。

さらに、組織全体に理想イメージを根付かせるためには、プロダクトビジョンとユーザーが実際に置かれているコンテクスト(文脈)をしっかり紐づけることが必須です。ここで役に立つのが、ジョブ理論(JTBD)やペルソナとの掛け合わせです。特にペルソナだけで終わらせず、具体的な「実在する人物」をイメージし続けることで、理想イメージが単なる絵空事にならず、現実感を伴うビジョンとして活かせます。こちらも詳しくは、以下の記事でも解説しています。

参考情報
- IDEO『The Field Guide to Human-Centered Design』 — デザイン思考のリサーチフェーズでのアプローチ
- クレイトン・クリステンセン『ジョブ理論』 — 潜在的な要望(ジョブ)を正確に把握する技法
- Marty Cagan『Inspired』 — プロダクトビジョンを組織や経営層と共有するプロセスを解説
- Steve Blank『The Four Steps to the Epiphany』 — インタビューを通じた仮説検証と顧客理解の手法
- 僕(29歳・HRテック企業PdM)の実務経験:インタビュー累計600名超
今日から実践できるアクション
- 過去の成功体験のストーリーテリングを引き出す質問を追加する
既に用意しているインタビューガイドに、「ユーザーが成功を感じた具体的な瞬間」を掘り起こす質問を組み込みます。表面的な課題ヒアリングだけでは見落としがちな、ユーザーの本音が見えてきます。 - ユーザーの発話内容を構造化して記録・可視化する
理想イメージにまつわるキーフレーズや感情の変化を見逃さないために、インタビューのログを「時系列」「感情」「背景」の3軸などに整理しておくと、後から分析しやすくなります。 - インタビュー結果を小さくプロトタイプで検証する
ユーザーが話していた「理想的な状態」をすぐにプロトタイプとして見せ、フィードバックを得ることで、理想像をさらに具体化できます。仮説検証のサイクルを早く回すと、チームの共通認識が深まります。
Q&A
Q1. ユーザーの理想を聞くこと自体が誘導になるのでは?
A1. 「未来を自由に語らせる」のではなく、過去や現在に根差した実体験ベースで問いかけるため、完全に誘導質問になるリスクは低減されます。「実際にあった出来事」や「すでに経験した話」を主軸にしつつ、「もしそれが改善されていたら?」と具体的な状況を提示するアプローチを心がけましょう。
Q2. 経営層が理想イメージのプレゼンにピンときてくれません
A2. 定量データだけでなく、ユーザーの声そのものを短い動画や音声で紹介すると説得力が上がります。さらに、目指す世界観と既存事業の関連性を明確に示すことが大事です。具体的には「ユーザーの一日の流れ」や「現場での業務手順」に紐づけて提示することで、よりイメージしやすくなります。
Q3. ユーザーの話す理想が大きすぎて、プロダクト開発の優先順位がブレます
A3. 大きなビジョンを持ちながらも、まずは小さく検証を重ねましょう。インタビューから浮かび上がった理想イメージは、すべてを一度に実現するのではなく、「価値のコア」の部分から優先的に取り込むと良いです。ユーザーが最も強く望んでいる核となる要素を見極めるためにも、定性と定量の両面分析を行います。
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