この記事の要約
- ユーザーの課題を「頻度 × 強度 × 金額」で定量化し、ROIベースで開発優先度を決める手法
- 価格感度インタビューとバニラ調査を組み合わせて、機能の「適正価格帯」を科学的に導出する5ステップを紹介
- 「その機能、いくらの価値?」を数値で示せるため、経営層への説得が格段にスピーディーになる
以下のような状況に直面していないでしょうか?
- 「この機能、本当に作る価値あるの?」
- 毎週の優先度会議で、営業からは「顧客が欲しがってる」、CSからは「解約防止に必須」と要望が殺到
- 結局、声の大きい人の意見が通って、本当に価値ある機能が後回しに
- ユーザーインタビューで「めっちゃ困ってます」という声を集めても、経営層には「で、それっていくらの価値なの?」と聞かれて答えに窮する
- 定量データで「離脱率が20%」と示しても、「それが改善したらいくら儲かるの?」と突っ込まれる
本記事では、そんな状況に対して「課題プライシング」というアプローチで解決を試みます。
なぜ”課題 × 金額”で測ると強いのか
プロダクト開発では、定量データと定性データについて、
- 定量では「DAU 10%増加」「離脱率 5%改善」といった割合の議論に終始し、ビジネスインパクトが曖昧になりがち
- 定性インタビューでは「ユーザーがめっちゃ困ってる」で止まり、意思決定者を動かす材料としては弱い
課題プライシングの本質は、この2つを金額という共通言語で統合することにあります。
痛み(課題)→ 時間・売上損失 → 金額換算 → ROI算出
例えば、「採用面接の日程調整が面倒」という課題があったとします。従来なら「ユーザーの80%が不満を感じている」で終わりですが、もう少し踏み込んでみてこれをプライシングしてみます。
- 1件あたり15分の作業時間 × 時給4,000円 = 1,000円/件
- 月20件の調整 × 1,000円 = 月20,000円の損失
- この課題を解決する機能なら、月5,000円まで払える(インタビュー結果)
こうして「解決すると1社あたり年間24万円の価値」と即座に提示してみよう、というアプローチです。
価格タグの付け方 ― 5ステップでROIまで可視化
では、具体的にどうやって課題に価格タグを付けるのか。架空のBtoBのHR SaaSを例にして5つのステップで紹介していきます。
ステップ1:課題を定義する
まずはユーザーの「面倒・不便・困りごと」を1行で明確に定義します。ここで使えるのがJTBD(Jobs to be Done)フレームワークです。
・When: 採用面接の日程を調整する時
・I want to: 候補者と面接官の空き時間を効率的にマッチングしたい
・So I can: 調整にかかる時間を削減し、候補者体験を向上させたい
この段階では、仮説生成段階のユーザーインタビューで収集した生の声を整理します。「なんとなく不便」ではなく、具体的なシーンと目的を明確にすることが重要。

ステップ2:時間・損失に換算する
次に、その課題がどれだけの時間やお金を奪っているかを計算します。ここでは2つのアプローチがあります。
アプローチ | 計算方法 | 例(日程調整) |
---|---|---|
作業時間アプローチ | 作業時間 × 人件費(時給) | 15分/件 × ¥4,000/h = ¥1,000 |
機会損失アプローチ | 逸失売上 × 利益率 | 調整遅延による辞退率5% × 採用価値¥200万 = ¥10万 |
人件費の算出では、給与テーブルや業界平均データを参考にします。例えば、人事担当者の平均年収600万円なら、時給換算で約4,000円(労働時間1,800時間/年で計算)となります。
ステップ3:価格感度インタビューを実施
ここが課題プライシングの肝です。「その課題が解決されたら、月いくらまで払えますか?」を直接ユーザーに聞きます。
ただし、聞き方にはコツがあります。いきなり金額を聞くと、アンカリング効果で正確な数値が取れません。以下の流れで進めます:
- 課題の再確認:「日程調整で月にどのくらい時間を使っていますか?」
- コスト意識の醸成:「その時間を時給換算すると、月いくら相当になりますか?」
- 価値仮説の提示:「もしワンクリックで調整が完了するツールがあったら?」
- 段階的な価格探索:
- 「月1万円だったら使いますか?」→「高い」
- 「月5,000円なら?」→「それなら検討する」
- 「月3,000円なら?」→「即決で導入する」
僕の経験では、10社程度インタビューすれば、価格帯の傾向が見えてきます。この例では、平均して月3,500円という結果が得られたとしましょう。
ステップ4:バニラ調査で上限を確認
インタビューで得た価格感を、より多くのサンプルで検証します。ここで使うのがバニラ調査(Van Westendorp’s Price Sensitivity Meter)です。
価格設定の詳細な手法は別記事で解説していますが、基本的には以下の4つの質問をオンラインで投げかけます
バニラ調査の4つの質問
- この機能が月何円以上だと「高すぎて買わない」と思いますか?
- 月何円だと「高いが検討の余地がある」と思いますか?
- 月何円だと「お買い得」と感じますか?
- 月何円以下だと「安すぎて品質が不安」と思いますか?
50社にGoogleフォームで回答してもらった結果、受容価格帯は¥2,500〜¥6,000、最適価格点は¥3,800となったとしましょう。インタビュー結果とほぼ一致していますね。

ステップ5:ROIシートを作成する
最後に、すべての情報を統合してROIを算出します。計算式はシンプルです:
例えば、日程調整機能の場合:
- 顧客価値:¥3,500/月 × 12ヶ月 = ¥42,000/年
- 販売価格:¥2,000/月 × 12ヶ月 = ¥24,000/年(既存プランへの追加料金)
- 開発コスト:¥1,200,000(エンジニア2名 × 2ヶ月)
- ROI = (42,000 − 24,000) ÷ 1,200,000 × 100 = 1.5%
あれ、思ったより低い…と思うかもしれません。でも、これが100社に導入されると仮定すると:
- ROI = (42,000 − 24,000) × 100 ÷ 1,200,000 × 100 = 150%
こうして、各機能のROIを横並びで比較できるようになります。
意思決定マトリクスで優先度を可視化
複数の機能候補がある場合、以下のようなマトリクスにまとめます
機能/課題 | 年間価値 (A) | 開発コスト (B) | ROI = A/B | 優先度 |
---|---|---|---|---|
面接日程自動調整 | ¥4,200,000 | ¥1,200,000 | 350% | ★高 |
候補者評価テンプレ | ¥1,800,000 | ¥1,000,000 | 180% | ★高 |
内定承諾率予測 | ¥600,000 | ¥3,000,000 | 20% | 低 |
スキルマッチングAI | ¥3,600,000 | ¥5,000,000 | 72% | ▲中 |
このマトリクスを見れば、「内定承諾率予測」にAIを使うより、シンプルな「日程調整」や「評価テンプレ」の方が圧倒的にROIが高いことが分かります。エンジニアリソースを賢く配分できるようになるわけです。
社内説得を成功させる5つのTips
課題プライシングの結果を武器に、経営層や他部門を説得する際のコツを紹介します。
1. “顧客あたり年間◯万円”の一行サマリを冒頭に
プレゼン資料の1枚目に、「この機能により、顧客1社あたり年間42万円の価値を提供できます」と大きく書く。細かい計算は後で説明すればいい。まず結論から入ることで、聞き手の興味を引きます。
2. ROIマトリクスを円換算で提示
「工数3人月」ではなく「開発コスト300万円」と金額で示す。エンジニアの人件費は、平均月給 × 1.5倍(社会保険等込み)で概算できます。経営層は工数より金額の方がピンときます。
3. ユーザーの生声(Pain Quote)を添付
数字だけでは感情が動かない人もいます。そこで、インタビューで得た生々しい困りごとを1スライドにまとめます。
「候補者10人と面接官5人の予定を合わせるのに、毎回2時間はかかってます。しかも土壇場でリスケが入ると、また最初から…正直、採用担当を辞めたくなります」
― A社 採用担当 Bさん
4. バニラ調査のグラフを”お客様が言う価格”として示す
「我々が決めた価格」ではなく、「お客様が妥当と考える価格」として、バニラ調査の結果グラフを見せる。これにより、価格設定の客観性を担保できます。
5. CFO向けには利益貢献を明示
最終的にCFOが気にするのは利益です。「価格 − 変動費 = 利益貢献」をざっくり示しましょう。
- 追加料金:¥2,000/月 × 12ヶ月 × 100社 = ¥240万/年
- 変動費:サーバー費用等 ¥20万/年
- 利益貢献:¥220万/年(利益率92%)
これで「開発する価値がない」とは言えなくなります。
課題プライシングの落とし穴と対策
実際に運用してみると、いくつかの落とし穴があることに気づきます。事前に知っておけば回避できるので、共有しておきます。
落とし穴1:時間短縮だけでは価値を過小評価しがち
「15分の短縮 = 1,000円」という計算だけだと、インパクトが小さく見えることがあります。そんなときは、時間短縮以外の価値も考慮すべきです。
- 精神的負担の軽減:ストレスフルなタスクほど、時給以上の価値がある
- ミス削減効果:手作業のエラー率 × 損失額も加算する
- 波及効果:採用スピードUPによる優秀人材の獲得率向上など
落とし穴2:開発コストを過小評価しがち
エンジニアの人件費だけでなく、以下も忘れずに計上します
- QAテストの工数(開発工数の30%程度)
- 運用・保守コスト(年間で開発費の20%程度)
- 機会費用(他の機能を作れなかったことによる損失)
落とし穴3:全顧客が同じ価値を感じるわけではない
セグメントごとに価値は大きく異なります。例えば
顧客セグメント | 月間採用数 | 支払意思額/月 |
---|---|---|
スタートアップ(〜50名) | 2名 | ¥1,000 |
中堅企業(50〜500名) | 10名 | ¥5,000 |
大企業(500名〜) | 50名 | ¥20,000 |
この場合、ターゲットセグメントを明確にした上でROIを計算する必要があります。
落とし穴4:めっちゃ時間かかる
ここまで書いたアプローチをバックログに積んである全ての機能に対してやるのは無理です。時間かかるので。
そのため、バックログの中にあって特に工数が大きく、現時点では蓋然性が高い、でも実現すればインパクトが大きい、と思える超少数の案件に限定して取り組みましょう。
実践で使える調査票テンプレート
最後に、すぐに使える調査票のテンプレートを共有します。これをベースに、自社の状況に合わせてカスタマイズしてください。
価格感度インタビューガイド(所要時間:30分)
今日は〇〇業務の効率化について、率直なご意見を伺いたいと思います。正解はありませんので、普段感じていることをそのままお聞かせください。
【課題の深掘り:10分】
- 現在、〇〇業務にどのくらいの時間を使っていますか?
- その中で最も手間がかかっている部分はどこですか?
- それによってどんな問題が起きていますか?(具体的なエピソードがあれば)
【コスト換算:5分】
- 今お聞きした作業時間を時給換算すると、月額でいくらくらいのコストになりそうですか?
- もしこの作業がなくなったら、その時間で何ができそうですか?
【価値探索:10分】
- もし〇〇が自動化されるツールがあったら、使ってみたいですか?
- そのツールに月額5,000円の価値はあると思いますか?(高い場合→いくらなら?)
- 逆に月額500円だったらどう思いますか?(安すぎる場合→いくらが妥当?)
- 予算承認を得るとしたら、どんな根拠があれば通りやすいですか?
バニラ調査フォーム(Googleフォーム想定)
〇〇業務を効率化する新機能の価格について、ご意見をお聞かせください。この機能により、現在手作業で行っている〇〇が自動化され、作業時間を80%削減できます。
【質問】
Q1. この機能が月額円以上だと「高すぎて導入しない」
Q2. 月額円だと「高いが検討の余地はある」
Q3. 月額円だと「お買い得だと感じる」
Q4. 月額円以下だと「安すぎて品質が心配」
【属性情報】
・会社規模:□〜50名 □51〜200名 □201〜500名 □501名〜
・月間の〇〇処理件数:件
・現在の〇〇業務の担当人数:名
まとめ
課題プライシングは、「なんとなく重要そう」を「年間◯万円の価値」に変換する最強の武器です。
従来のプロダクト開発では、声の大きい人の意見などが優先されがち。でも、課題プライシングを使えば
- ユーザーの痛みを金額という共通言語で表現できる
- 開発ROIを横並びで比較し、客観的に優先度を決められる
- 「この機能で売上◯円UP」と経営層を即座に説得できる
特に、リソースが限られているスタートアップや、投資対効果を厳しく問われる大企業のPdMにとって、必須のスキルと言えるでしょう。
最後に、課題プライシングはあくまでも意思決定を助けるツールです。数字がすべてではありません。戦略的に重要な機能や、ブランド価値を高める機能は、ROIが低くても投資する価値があります。
でも、まずは数字で語れるようになること。それが、経営視点を持ったPdMへの第一歩です。
明日のユーザーインタビューから、ぜひ「それ、いくらの価値ですか?」を聞いてみてください。きっと、プロダクト開発の見え方が変わるはずです。
今日から実践できるアクション
- 既存の要望リストから1つ選んで試算する
まずは練習として、すでに要望が上がっている機能を1つ選び、ざっくりでいいので「時間 × 人件費」で価値を計算してみる。 - 次回のユーザーインタビューで価格の話を入れる
通常のインタビューの最後に「この課題が解決したら、いくらの価値がありますか?」を追加する。 - 社内の給与テーブルから時給換算表を作る
職種・等級別の時給換算表を作っておくと、今後の計算が楽になる。人事に相談すれば、概算値は教えてもらえるはず。

Q&A
Q1. BtoCプロダクトでも使えますか?
A. 使えます。ただし、個人の時給換算は難しいので、「競合サービスの価格」や「代替手段のコスト」を基準にすることが多いです。例えば、タクシー配車アプリなら「電話で配車する手間」や「流しのタクシーを待つ時間」を金額換算します。
Q2. 無料プロダクトの場合はどうすればいいですか?
A. 広告収入モデルなら「ユーザーの滞在時間 × 広告単価」、フリーミアムなら「有料転換率の向上 × ARPU」で計算できます。要は、その機能がもたらす収益インパクトを何らかの形で金額化することが大切です。
Q3. インタビューで金額を聞くのは失礼では?
A. 確かに唐突に聞くと違和感があります。なので、まず課題の深刻さを共有し、「一緒に解決策を考える」というスタンスで臨むことが重要。心理的安全性を確保する工夫も必要です。
Q4. 開発コストが正確に見積もれません再試行K続ける編集
A. 最初は概算で構いません。エンジニアマネージャーに「この規模の機能なら何人月くらい?」と聞けば、±30%程度の精度で教えてくれます。大切なのは、完璧な数字より相対的な優先度を付けることです。
Q5. 価格感度が顧客によってバラバラです
A. それが正常です。むしろ、バラつきが見えたらセグメンテーションのチャンス。価格感度が高い層と低い層で、異なる料金プランを設定することも検討できます。
参考文献・事例
- Peter van Westendorp “Price Sensitivity Meter” (1976) – バニラ調査の原典。4つの質問で適正価格帯を導出する手法を確立
- Neil Rackham『SPIN Selling』(1988) – 課題の深掘り質問技法。Situation→Problem→Implication→Need-payoffの流れは価格感度インタビューでも活用可能
- 本サイト記事「PMがプライシングをリードして、プロダクト価値を最大化する」
- 本サイト記事「PMが知るべき”価格設定” – バニラ調査とコンジョイント分析で適切な価格を導き出す」
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