この記事の要約
- 意思決定階層が多すぎる大企業で、なぜリードタイムが長くなり、プランが“無難化”するのかを構造から考えてみる
- LLM時代に必要な“アクションの量”を高めるための突破口・合意形成の型
大企業でプロダクト開発をリードしたことがあるPdMなら、誰もが一度は
- 「意思決定までがとにかく遅い」
- 「レビューを通すうちに尖りが消えていく」
- 「でも勝手に進めると、後からひっくり返される」
というようなことに悩んだ過去 or 現在があるのではないでしょうか?
LLM時代のプロダクト開発は、アクション量・サイクル速度が競争力そのもの。この記事では、大企業の構造を責めるだけでなく、「その壁をどう“現実的に”突破し、速く・強い意思決定に変えていくか」の型を考えてみたのでそれをまとめています。
大企業PdMに立ちはだかる“階層の罠”
大企業でPdMをやっていると、意思決定の“階層”に翻弄される場面が何度も訪れます。
- 課長、部長、本部長、役員(もっと現在的な役職呼称かもですが)…複数階層を経るうちにプランが“角の取れた”ものになっていく
- 現場で決まったはずのプロダクト施策も、会議や承認プロセスを進めるほど慎重・保守的に修正される
- 「それ聞いてないんだけど」「え、微妙じゃね」と後から突き返され、やり直し地獄が始まる
特に新規プロダクトや改善提案の現場では、意思決定リードタイムが3ヶ月、半年単位になることも。
なぜ階層が“無難なプラン”を生み出すのか?構造的な原因を分解する
この現象には、構造的な要因が複数絡み合っているのではないでしょうか?
1. 合意プロセスの“安全志向”と責任の分散
- 上に上げるたびに、リスクが少ない・突飛性や主観性の低い“空気”が強まります
- 特に数値の大幅な減少など「失敗=減点」文化が根付いている大企業では、社会的望ましさバイアス(上司や組織に受け入れられる答えを選びがちになる心理)が働きます。
2. 階層ごとの「説明責任」プレッシャー
- 説明資料や稟議書が重視され、「納得できる理由」と「過去事例」の提示ばかりが増えます。
3. 合意形成の歴史的・組織的背景
- もともと階層的な日本企業文化では、「現場に任せて失敗」より「慎重に進めて“合意”を守る」ほうが正しいとされてきました(参考:経営学『失敗の本質』など)。
ちなみに、上記は何も悪いことばかりではないと思っています。なぜなら上記のようなプロセスを経て「大ゴケしにくい」「大炎上などを避けられる」「会社全体で合意したよね?となるので失敗してもレイヤー関係なく全員で振り返れる」などの良さもあります。
LLM・生成AI時代に変わったプロダクト開発の前提――“量”のサイクルが競争力になる理由
では今、なぜこの話が“根本から”変わったのでしょうか。
その答えは、生成Aなどの登場によって「検証サイクルを高速に回せる」時代が来たからです。従来のPDCA(Plan-Do-Check-Act)モデルでは、「Plan(計画)」にかなり時間を割いてきました。ですが、今はつくるコストが最小化されて、DPDCくらいのバランスがちょうど良くなってきているのでしょうか?
- 大元のPlan(計画)も引き続き重要。戦略が間違っていれば、高速実行も意味がない(間違った方向に早く進むだけなので)
- その上で、「アクション(Do)の“量”」を増やし、データを多く集めて即仮説検証・改善していくことがプロダクト成長の源泉になる
直近だと、Googleも、全然ブランドデザインが統一されていなかったりバックエンド接続されていないからGoogleプロダクト間が統合されていない実験的なLLM系サービスを出しまくってますよね。
LLMの活用もこの“量”のサイクルを後押しします。プロンプト一つで仮説を量産、施策案のアウトラインも即作成、仮説検証コストも激減。いま現場で問われるのは、「合意を守ること」より「アクションの回数」を増やす仕組み作りではないでしょうか?
“階層を飛ばす”ことの現実――「後でひっくり返される」問題の正体
そうはいっても「階層を無視して勝手に動かす」のは大企業においてはそう簡単なことではありません。現場でありがちなのは、事後承諾型(先に動かしておいて後で合意をとる)ですが、これは結局「そもそもなぜこうなった?」と上司にひっくり返され、リセットされがちです。
この構造には、「合意形成の呪い」とでも呼びたくなる根深さがあります。現場がどれだけ早く動きたくても、「納得感のある説明」をしないと“正統性”を問われ、施策自体が消えてしまうリスクを常に抱える――これが大きな組織の板挟み。
プロダクトの意思決定と組織の納得感、この2軸のバランスを崩すと、どちらも失う危険があるため、「どうやって速く・太く突破するか」が重要なテーマになります。
階層の壁を乗り越えるPdMの「具体戦術」を考えてみる
事前ファクト・根回し型合意形成
まず王道は、「決定までの合意リスト」を可視化し、“説得の地雷”を先に潰しておくことです。
たとえば、とあるチームでは、施策ごとに「誰のどんな懸念を先に解消すればいいか」をシート化し、議論の前に“ファクト集め”を徹底。根回しの論点も「データ・仮説・ユーザーインタビュー」のファクトを先に用意し、相手の立場でシミュレーションします。これにより、「後からひっくり返される」リスクを最小化しています。
- 意思決定者ごとの懸念・優先事項を先に書き出す
- 過去の失敗・失注事例も資料化して、再発リスクの“盾”にする
- ユーザーインタビューや定量調査のデータで納得度を高める
この一手間で、全員一致は無理でも「Noと言われるリスク」を大幅に下げられます。
*ただし、もちろん時間はかかってしまう
“やり直し地獄”を防ぐ「最初の一手」の型
次に大事なのは、ありきたりですが「やり直し不可になる前に小さく動く」設計です。
実例として多くのwebサービスでは、最初にフルリリースせず、限られたユーザーでβテスト→仮説検証→問題なければ本格展開、という型を徹底しています。
社内の承認も「最終決定」ではなく「一部テストOK」まで分割し、リスクを小分けにして合意しやすくしています。
- PoC(概念実証)やFake Doorテストなど、不可逆前に検証
- 「どこまでやったら手戻りできるか」リスクラインを明確にしておく
- 施策の“段階承認”フローを導入し、反論リスクを最小化
これは「プレトタイピングの実践」でも詳しく触れています。

“無難化”を乗り越える「反対意見の仕込み方」
合意形成を早めるために全会一致を目指しすぎると、結局「無難なプラン地獄」に陥ります。むしろ、意図的に「反対意見」を早い段階で出しておくことが、施策の質と実行力を高めるコツではないでしょうか。
- あえて異論やリスク指摘をワークショップ・会議で募る
- 「これに反対するならどこか」を可視化し、議論の初期にぶつける
- 米国Airbnbでは、「Devil’s Advocate(悪魔の代弁者)」役を設定し、毎回“反対視点”を必ず議論に入れています
反対を恐れず、意図的に「施策の尖り」を守る姿勢こそ、現場PdMにとって武器になる戦略です。
PdM視点での「階層との付き合い方」まとめ
大企業の階層構造は、一朝一夕には変わりません。しかし、
- 自分の権限で変えにくい現実(階層そのもの、文化、権限)
- 自分の権限で変えられるポイント(合意の型、検証の量、説明プロセス)
を切り分け、後者に集中することで、PdMとしての成果もキャリアも守れるはずです。
- 「全部通してから動く」ではなく、「動きながら合意する」設計
- 合意のための型・資料はAIに“自動化”
- 最初は小さく、不可逆前に“実験できる余地”を残す
- むしろ異論を早めに可視化し、施策の尖りを守る
LLM・生成AI時代のPdMは、“階層の壁”すらも“量で突破”するくらいの発想で、現場で小さな勝ちパターンを増やしていくべきだと僕は考えています。
参考情報・今日から実践できるアクション
- 合意形成フローを「説明責任・納得度」で色分けし、どこが遅延ポイントかをチームで洗い出す
- 意思決定に必要なファクト(定量データ、ユーザーインタビュー、過去失敗事例)をLLMで資料化・FAQ化
- まず小さな実験(βテストやPoC)を「一部合意」で始めてみる
- 「反対意見ワークショップ」を組織的に設計し、議論を前倒しで行う
Q&A:よくある疑問に答える
- Q. LLMやAIがあっても、やっぱり大企業の合意は遅い?
A. 完全に即時化はできませんが、資料作成や意思決定プロセスの透明化・FAQ化で“手間”を劇的に減らすことは可能です。 - Q. 現場PdMとして、自分だけ突破しても意味がないのでは?
A. 「突破例」を複数つくることで、組織全体が動きやすくなります。小さな成功事例をチームで横展開しましょう。 - Q. 尖った提案を守るための“説明”に疲れたら?
A. LLMで資料やFAQを自動生成し、「根回し疲れ」を分散してください。全部一人で抱えず、組織を巻き込みましょう。
参考文献・事例・外部情報
- 『失敗の本質――日本軍の組織論的研究』戸部良一ほか
- 『INSPIRED』Marty Cagan(新しいプロダクト開
発の組織・意思決定論) - Notion日本チームによる合意形成・失敗事例(PM Conf 2023講演資料より)
- 楽天株式会社の新規事業開発における段階承認・PoC設計事例
- Harvard Business Review, “The Problem with Bureaucracy in Large Companies”


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