この記事の要約
- 既存市場がないからこそ“仮説設計”と“インタビューの組み立て”が重要
- ユーザー自身も課題を自覚していないケースが多いため、無自覚な不満や行動の裏にある本音を掘り下げる工夫が重要
- プロトタイプやフィールドワークを積極的に活用し、正解が見えにくいゼロイチ領域でも具体的な検証サイクルを回す
0→1の新規事業で“ユーザーインタビュー”が持つ意味
ゼロ→1の領域、つまり市場自体が存在しない段階では、ユーザーが課題を自覚していないどころか、「そもそも顧客は誰なのか」すら曖昧な場合が多いです。こうした環境下で、闇雲にインタビューをしても、期待した情報が得られないことが往々にしてあります。
僕自身、これまで600人を超えるユーザーへのインタビューを行う中で、新規事業の立ち上げ段階の「インタビューの難しさ」を痛感してきました。まったく未知の領域で、ユーザーが何を求めているか分からないときこそ、実はインタビューが有効な武器になります。なぜなら、想定顧客層の現状の行動を細かく聞き出すことで、まだ本人さえ気づいていない潜在ニーズをあぶり出せるからです。
市場の輪郭が見えない時の「仮説作り」と準備段階
ゼロ→1領域でのインタビューを成功させるには、まず「そもそもどんな課題がありそうか」をPdM自身がある程度想定しておく必要があります。ここでいう仮説とは、「こんな不満や困りごとを感じている人がいるのではないか」というイメージです。
たとえば健康管理の新サービスを検討している場合、
- 「食事を記録できていない人」
- 「運動の習慣づくりに失敗している人」
- 「そもそも数値目標を設定していない人」
など、想像できる複数のグループをリストアップします。これが“顧客仮説”です。そうすると、インタビューでは「1日の生活リズム」や「ダイエットを試みた回数と失敗の理由」など、具体的に聞くべきテーマが浮かび上がります。
また、競合がいないからといって、まったく参考にできる事例が無いわけではありません。別業界や別分野の製品・サービスを観察してみると、類似のユーザー心理や行動パターンが隠れていることがあります。たとえば「Uber」や「Airbnb」は、それ以前のタクシー配車・宿泊予約の慣習を壊す形で市場を拡大しましたが、彼らはユーザーの日常行動や不満点を分解し、行動やリサーチ、実験などを重ねて“気づきを得た”とされています1。
インタビュー対象の探し方:見つかっていないニーズをどう拾うか
新規事業では、既存ユーザーリストや「すでに興味を持っている顧客層」がない場合が多いです。そんなときは、以下のようなアプローチを取るとスムーズです。
- ターゲットを仮説ベースで広めに設定: 「30代ビジネスパーソン」「在宅勤務が週3日以上の人」など、ある程度条件を広めに取り、SNSや勉強会などでインタビュー希望者を募る。少しでも近そうな人に多面的に声をかける。
- スクリーニングを2段階で行う: 最初に短いGoogleフォームなどでアンケートをとり、プロフィールや行動習慣をチェック。その結果から、より詳しく話を聞きたい対象だけを本インタビューに呼ぶ。これにより精度を上げる。
- コミュニティや専門家ネットワークを利用: たとえば健康関連なら「オンラインフィットネスコミュニティ」に参加している人など、多少関心がある層にアタックする。そこから派生して“意外な層”に出会える場合もある。
競合不在の市場では、そもそも「自分がターゲットかどうか分からない」という人が多いです。だからこそ、まずは幅広く声をかけながら、インタビューを通じて「どこに潜在ユーザーがいそうか」を段階的に絞り込む運用が求められます。
インタビュー設計:ユーザーの“無自覚な課題”を可視化する
ゼロ→1の場合はユーザー自身が課題を認識していないかもしれません。そこで、話の進め方を工夫する必要があります。たとえば次のような手順が効果的です。
- 生活・仕事の一日の流れを聞く: 「普段どんな風にスタートし、どんなタスクに時間をかけているか」を時系列で語ってもらう。途中でストレスや負担を感じている瞬間を見つけ出す。
- 小さな不便を掘り下げる: ユーザーが「ちょっと面倒くさいけど、まぁ仕方ない」と思っているポイントに注目。そこに新しいアイデアが埋まっている可能性がある。
- 感情面を確認する: 「そのとき、どんな気持ちでした?」と尋ねることで、本人も気づいていなかった不安や不満が表に出てくることが多い。
- かけているコストを確認する:不満ポイントを見つけたら、その課題を解決するために行っている既存の行動(代替手段)とそれにかけているコスト(お金・時間)を聞きましょう。
「困っていない人」に話を聞くのはムダ、と思う方もいるかもしれませんが、ゼロ→1市場では逆に「困っていると気づいていない人」こそ重要です。ちょっとした違和感やモヤモヤをうまく掘り下げると、ビジネスの種が見つかることがあります。
事前認知ゼロの市場で“テスト用のプロトタイプ”をどう活用するか
まったくイメージできないサービスについて語るのは、ユーザーにとってもハードルが高いです。そこで、軽量なプロトタイプを見せるのが有効になります。たとえば紙芝居や簡単な画面モックを作り、「もしこんな体験があったらどう思う?」と尋ねてリアクションを得るイメージです。
ただし、作り込みすぎたプロトタイプを見せると、ユーザーが“完成度の高さ”に引っ張られて「これもあったらいいね」「機能をもっと増やしてほしい」といった要望ばかりに傾く可能性があります。ゼロイチ時点では、あくまで“概念を伝える”レベルに留め、ユーザーの想像力を引き出すことを意識するのがコツです。
実際、海外のスタートアップである「Notion」は初期段階で、動きの少ないプロトタイプをユーザーテストに用い、ユーザーが「文章とデータを一緒に扱えると便利」と気づく流れを観察したとされています2。もし初期から多機能なコラボレーションツールを全面に押し出していたら、ユーザーが「何が新しいのか分からない」と混乱していたかもしれません。最小限のプロトタイプが、ユーザーの反応を純粋に見る上で重要になります。
ユーザーの発言をどう解釈し、次の仮説へつなげるか
ゼロイチ領域のインタビューでは、「面白そう」とか「こんな機能があったらいいな」といった“ふわっとした”ポジティブ反応が出やすいです。ここで大事なのは、その表面的な発言だけを鵜呑みにしないこと。判断基準の一例として、以下のようなチェックを行います。
- 行動変化が伴うか: そのアイデアが実際にリリースされたら、“本当に使うための時間やお金を割いてくれるか”を確認する。単なる興味レベルで終わっていないか聞き返す。
- 過去の類似行動: ユーザーが「これがあったら助かる」と言う場合、過去に似た行動を取った経験はあるか尋ねる。全く過去実践がなければ、「あったらいいな」の空想に過ぎない可能性がある。
- 何が刺さっているのかを分解: プロトタイプのどの要素に心を動かされたのか深掘りし、ユーザーが“価値を感じたコア”を見極める。
インタビュー後の振り返りシートなどを用意し、ユーザーごとに「彼/彼女が抱える本当の課題は何か」「このアイデアの何が刺さったのか」をPdM自身の言葉で再構成しておくと、次の仮説に繋げやすいです。また、複数人のインタビュー結果から共通パターンが見えれば、そこが「コアバリュー」のヒントになります。
フィールドワークやエスノグラフィーの活用:見る・聞く・体感する
また、ユーザーインタビューだけでなく、現場観察(エスノグラフィー: 社会・文化人類学で用いられるフィールドワーク手法)を取り入れると、ゼロ→1のヒントが得やすくなります。市場がない場合、ユーザーの日常やビジネス現場を実際に見ることで、“こんな無駄な動作をしているんだ”という発見につながります。
たとえば日本のスタートアップ「スマートキャンプ」は、SaaS業界のバックオフィス業務を現場視察し、請求書処理がバラバラで非効率すぎることに気づき、そこから「BALES(旧名:SmartBilling)」を立ち上げたというエピソードがあります3。ユーザーが“当たり前”に受け入れていた作業を可視化することで、新規事業の可能性を見出した事例です。
インタビューだけだとユーザー本人も無意識にスルーしている不便を見逃します。しかし、フィールドワークなら「こんなに面倒な手続きしてたのか」「手書き作業が実は負担になっている」といったリアルな光景を直接確認でき、インタビューとは異なる角度での情報が得られる点が魅力です。
失敗事例と学び:新規事業のインタビューが機能しなかったケース
ゼロイチのユーザーインタビューは、方法を間違えると簡単に“的外れ”な結果しか得られないリスクがあります。具体的には以下のようなケースが挙げられます。
- 誤ったターゲットに固執
例えば、若年層向けと決め打ちでインタビューをしたところ、想定外の中年層が実は需要が高いということを見落としてしまった、など。 - ユーザーが無理やり褒めてくれる状態
親しい人や、自分のネットワーク内ばかりに話を聞きに行くと、どうしてもポジティブバイアスがかかりがち。結果、「絶対ニーズあるよ」と言われたのに、ローンチしてみるとまったく使われない状況が生まれる。特にゼロイチだと、客観的な評価が得られにくい。 - 質問自体が誘導尋問化
ゼロイチでは、自分が考えたアイデアを否定されたくない気持ちが強くなり、インタビュアーが「これ良くないですか?」とやたら推してしまうパターンが多い。ユーザーも断定しづらく、「そうですね、いいかも」と言わざるを得ない空気感が生まれる。結果、実需の正確な把握が難しくなる。
こうした失敗を回避するためにも、仮説の柔軟な修正とターゲット拡張、そして誘導しない質問設計が大切です。ユーザーに気を使わせないために、質問文をできるだけ中立に保つ、批判もしやすい雰囲気を作るなどの工夫が要ります。
インタビューから得た知見をビジネスプランへ昇華する
インタビューを繰り返し行うと、“なんとなく需要がありそうなポイント”が見えてくるはずです。そこからが本番。次のステップとして、ビジネスプランに落とし込むためには以下の作業が欠かせません。
- サービスコンセプトの再定義: インタビュー結果から見えてきた「ユーザーが最も価値を感じた部分」「逆に興味を示さなかった機能」を整理し、コンセプトを絞る。たとえば「食事記録×仲間とのチャット」が本質的に受けそうなら、そこ”だけ”に注力する。
- 仮リリースやパイロット運用: ソフトローンチしてみる、限定的にクローズドβを実施するなど、実際のユーザー行動を追うことで、さらに確度を高める。インタビューでは気づかなかった導入障壁や料金体系のズレが発覚することがある。
- 社内外の説得資料: 経営陣に投資判断を仰ぐ場合は「実際に話を聞いた○名のうち×%が○○に強いニーズを示した」といった定量的データや、ユーザーコメントの引用などエビデンスを用意する。単なる想像ではないことを示す。
この一連のプロセスにより、ゼロ→1で曖昧だったビジョンが少しずつ具体性を帯びてくるはずです。インタビューはゴールではなく、あくまで次の検証ステップに繋げる中間地点。そこを意識しておくと無駄のない動きができます。
まとめ
競合不在や答えのない市場こそ、ユーザーインタビューが威力を発揮します。ただし、通常のインタビューとは異なる設計が必要です。ユーザーが自覚していない課題を聞き出すためには、生活や仕事の詳細を時系列で聞く、紙芝居的なプロトタイプを見せて想像を促すといった一工夫が求められます。
誤った仮説に固執してしまうと「実は想定顧客が別にいた」「ポジティブバイアスで空回りしていた」という失敗も起こりやすいです。そうならないためにも、あくまでインタビューを仮説検証の一部と捉え、柔軟に方向性を修正する姿勢を持つといいです。次章のアクションを参考に、ぜひゼロ→1のインタビューを実践してみてください。
今日から実践できるアクション
- 最初のインタビューで広めの仮説を試す
「○○に困っていそうな人」「まだ何も解決策を使っていない人」など、複数仮説を雑に用意し、5〜10名程度にインタビューしてみる。その結果から少しずつターゲットを絞り込む。 - 軽量プロトタイプを用意して意見を引き出す
実装コストをかけずに、紙や簡単なスライドでサービスのイメージを見せ、「これがあったらどう使う?」と問いかける。ユーザーの驚きポイントや引っかかりを観察。 - インタビュー振り返りシートを作る
インタビューが終わるたびに「ユーザーが感じた課題は何か」「彼らが最も価値を感じた要素はどこか」を1シートにまとめる。複数人の結果を見比べると共通点が浮かぶ。 - フィールドワークを試してみる
もし可能なら、対象ユーザーの現場や生活空間を覗く機会を作る。写真や動画で記録を残し、自分が想定していなかった行動パターンや苦労を捉える。
Q&A
Q1: 市場がないときにインタビューしても「よく分からない」と言われてしまうのでは?
A1: そう言われる可能性は高いです。だからこそ生活や仕事のプロセスを具体的にヒアリングし、些細な不便を掘り下げていくのがポイントです。アイデア自体を理解してもらうために、紙芝居や口頭シナリオなどでイメージを補うと会話が広がります。
Q2: どの程度の人数にインタビューすれば確信が持てますか?
A2: 絶対的な数字はありませんが、まず10人程度を目安にし、そこからパターンが見えてくるか確認するといいです。類似の仮説を持つ人が数名いれば、さらに追加で10人を対象に掘り下げる形で段階的に拡張します。
Q3: ユーザーの反応が良くても、実際にお金を払うかは分からないのでは?
A3: その通りです。最終的には実際のトライアルやプレマーケティングで確かめる必要があります。ただ、インタビューの段階でも「有料ならいくらくらいなら使う?」などと問いかけたり、過去に似たサービスに課金した経験があるかを確認すると、ある程度の目安が掴めます。
Q4: 失敗しないためにはどうすればいいですか?
A4: ゼロイチでは“失敗しない”より“早く間違いに気づく”方が大事です。インタビュー→プロトタイプ→小規模テストというサイクルを回し、違うと判明したら軌道修正する。失敗を完全に避けようとするのではなく、学習コストを最小化する発想が有効です。
参考情報
- 1. Gallagher, L. (2017). The Airbnb Story. Houghton Mifflin Harcourt. – Airbnbが市場がない状態からユーザーヒアリングを繰り返し、サービスを形にしていったプロセスを解説
- 2. Chapman, J. (2020). Notion’s Early Days and Product Vision. Product Hunt Interview. – Notion共同創業者へのインタビューで、初期プロトタイプの使い方を紹介
- 3. TechCrunch Japan (2016). スマートキャンプ、バックオフィス自動化の試み. – 請求書処理の非効率を現場観察で気づき、サービス化した事例
- Ries, E. (2011). The Lean Startup. Crown Business.
- Maurya, A. (2012). Running Lean. O’Reilly Media.
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