この記事の要約
- Slackは楽しいインターフェースとフリーミアムモデルにより社内外へ急速に浸透し、ネットワーク効果と統合エコシステムで競合を引き離した
- Zoomは誰にでも直感的なUIと高品質な通信にこだわり、パンデミック期の需要爆発に迅速に対応することで信頼を獲得した
- 両者に共通するのは、顧客成功と改善への執念
プロダクト市場適合(PMF):最初に捉えるべき痛み
市場を支配するソフトウェアは必ず解決すべき課題に根ざしています。
Slack
Slackはもともとオンラインゲーム「Glitch」の開発チームが社内用に作ったチャットツールでした。ゲームが失敗し資金が尽きる中、創業者ステュワート・バターフィールドは「このツールが生産性を劇的に高めている。もうメールには戻れない」と気づきました。ここに着目し、外部の企業に紹介したところ強い共感を得てPMFを確信します。
Zoom
Zoomの誕生背景も類似しています。創業者のエリック・ユアンは、複数のビデオ会議ツールを使いながらも「どれも安定せず使いづらい」と不満を抱き、誰でも使える直感的なビデオ会議ソフトを作ろうと決意しました。痛みの核心は「手軽に会議ができないこと」であり、シンプルで安定した体験を提供することがプロダクトの中心になっています。
使いやすさと体験設計:面倒なツールは生き残れない
まず理解しておくべきことは「使いやすさが最強の機能」ということです。
Slackは社内チャットにありがちな堅苦しさを捨て、明るい色使いと絵文字、カスタムステッカーで楽しい雰囲気を作りました。その結果、柔軟な若手から保守的なベテラン社員まで誰もが自然に使い始め、抵抗感が薄れました。同社はMetaLabというデザイン会社と組み、UIやブランドを徹底的に磨き上げています。
ZoomのUIも徹底してシンプルです。起動すると大きく配置された「Join a Meeting」ボタンが目に入り、誰でもすぐに会議に参加できます。ニールセン・ノーマン・グループの研究では難しいアプリはすぐに放棄されると報告されており、Zoomはその教訓を生かして複雑さを排除したデザインを採用しています。
使いやすさは単なる見た目ではなく、オンボーディングや設定のハードルを徹底的に下げることとも関連します。
例えばSlackは初回登録時に複雑な設定を要求せず、作業を進めながら徐々に機能を紹介する構成にしています。UIライティングにも心を配り、専門用語や長い説明を避けています。

フリーミアムとプロダクト主導グロース:価値の先出し
次に注目すべきはフリーミアムモデルです。Slackは「まず触ってもらう」ことを最優先にし、無料で強力な機能を提供することでユーザー数を爆発的に増やしました。無料プランで魅力を体験したチームは、メッセージ履歴の無制限化やセキュリティ強化などのために有料版へと自然に移行します。このモデルにより、当初8,000人のサインアップが2週間で1万5千人に増え、口コミとバイラルで急速に拡大しました。
Zoomも40分までのグループ会議を無料にし、教育機関や個人利用者向けの無償プランを提供しました。パンデミックの初期には、多くの学校や中小企業がこの無料プランによって遠隔授業やリモート会議を開始しています。無料で使えることが利用の障壁を取り除き、結果として有料利用者への転換率を高めたのです。
さらにSlackはセールスチームを置かずにプロダクトそのものに投資することで、人づてに広がる力を最大化しました。バターフィールド氏は「同僚に紹介したくなる体験を作れば営業は不要だ」と語っています。この点は「PLG(Product-Led Growth)の“イマ”」の記事でも深掘りしているので併せて参照してください。

ネットワーク効果と口コミ:ユーザーが拡散者になる仕組み
バイラルに広がる仕組みとして忘れてはいけないのがネットワーク効果。
Slackは「同僚を招待するほど便利になる」構造であり、一人が使い始めると社内全体に広がる特性があります。さらにSlackは有料プランで非アクティブユーザー分の料金を返金する仕組みを採用し、ユーザー中心の姿勢を示しました。このようなユーザー本位の制度は会話のネタになり、外部への口コミを加速させます。
プロモーション面でもSlackは巧妙でした。ローンチ時には「Email Killer(メールの殺し屋)」というキャッチコピーをPR会社と共に打ち出し、Fast CompanyやTechCrunchなど主要メディアに掲載されました。こうした社会的証明は、メールや公式サイトの説明より説得力があります。
Zoomの場合、純粋なネットワーク効果は強くありませんが、2020年春にリモート会議の需要が一気に高まった際、サーバー能力を増強し、セキュリティ対策を強化したことでユーザーの信頼を獲得しました。この迅速な対応が口コミを呼び、競合より先に市場を席巻する結果となっています。
統合エコシステム:プロダクトを“ハブ”にする発想
Slackが競合であるMicrosoft Teamsに対抗できた大きな要因は、早期からプラットフォーム戦略を採用したことです。SlackはGoogle WorkspaceやTrello、Asanaなどさまざまな外部ツールと連携できるようAPIを公開し、自社だけでは作れない価値を取り込むプラットフォームへと進化しました。2020年時点で2,400以上のアプリがSlackのディレクトリに登録されており、SalesforceやAtlassianとの提携も行っています。
特にSalesforceとの連携は大企業のエンタープライズ導入を後押ししました。CRMデータとチャットが一体となることで営業やサポート業務の効率が上がり、Slackは単なるメッセージングアプリではなく「業務の中枢」へと位置づけられました。このエコシステム拡大こそが、競合製品との差別化につながり、ユーザーのロックインを生み出しています。
Zoomも他ツールとの統合を強化し、Slack内からワンクリックでZoom会議を開始できる連携やGoogle Calendarとの自動連携を提供しています。PdMとしては、単独で完結する機能だけでなく、他ツールとつながることで全体の価値が上がる仕組みを意識した設計が求められます。
顧客成功と継続的改善:ユーザーの声を血肉にする
また、どんなに素晴らしいプロダクトでも、ユーザーが離れたら意味がありません。Slackは北極星指標としてNPS(ネット・プロモーター・スコア)とCSAT(顧客満足度)を重視し、カスタマーサクセスチームを中核に据えています。利用していない席分の返金やサポートへの迅速な応答など、ユーザー中心の姿勢を貫き、長期的な信頼を獲得しました。
また、リモートワークの普及に合わせて「Slack Huddles」という音声チャット機能を導入し、即席の会話を再現しました。ユーザーのコンテクストが変わるたびに新機能を追加し、常に「今求められている体験」を提供しているのです。

Zoomはパンデミック期の急激なユーザー増加に対し、サーバーとネットワークを増強して安定性を確保しました。加えて、エンドツーエンド暗号化の採用などセキュリティ対策に注力し、信頼性をブランドの柱としています。
マーケティングとブランド構築:ストーリーで魅せる
さらに、どんなに良いプロダクトだったとしても、ユーザーに発見してもらわなければそもそも利用開始されません。そこで、ユーザーに発見してもらうためには、プロダクトの機能だけでなくブランドストーリーも欠かせません。Slackのローンチでは「メールを殺す」という刺激的なコピーと共に、有名企業の導入事例を前面に出しました。また、デザイン会社MetaLabと協力し、遊び心のある色遣いとフレンドリーな言葉遣いで「使って楽しい」と感じられるブランドを作りました。このブランドがユーザーの自発的な拡散を促しました。
Zoomのマーケティングは、信頼性と人とのつながりを前面に押し出したことが特徴です。「あなたの大事な瞬間をつなぐ」というメッセージとともに、教育機関や医療機関など社会的に意義のある導入事例を紹介しました。パンデミック中には迅速にインフラ拡張を行い、無料プランを通じて困っている人々を支援する姿勢がブランドの好感度を高めました。このように、プロダクトの価値とブランドメッセージを一貫させることが拡散につながります。
PdMがSlackとZoomから学べきグロースのチェックリスト
ここまでの事例と考察から、僕たちPdMが今日から実践できるポイントをまとめてみます。
- 痛みの深掘りとPMF検証:自分たちのプロダクトが解決する課題を具体的に定義し、社内外のユーザーで徹底的に検証する。ユーザーヒアリングを重ねて課題の真因を掘り下げる。
- オンボーディングの最適化:初回の使い勝手が離脱に直結する。登録や初期設定を簡潔にし、UIやコピーも専門用語を排してわかりやすくする。
- フリーミアムと価値提供:機能の一部を無料で体験できるようにし、価値を先に提供する。ユーザーが「もはや手放せない」と感じるタイミングで有料版への導線を設ける。
- ネットワーク効果の設計:ユーザー同士が誘い合う仕組みをプロダクトに組み込む。招待リンクや共有機能、コミュニティ機能などで利用人数に応じて価値が高まる設計を意識する。
- エコシステム思考:他サービスとの連携を積極的に取り入れ、業務のハブとなる。API公開やSDK提供により外部開発者の参加を促し、プラットフォーム化を目指す。
- 顧客成功と改善サイクル:NPSやCSATなどの指標を活用して顧客の声を反映し、サポートを強化する。ユーザーの環境変化に合わせて機能を追加・改良し続ける。
- ストーリーテリング:機能紹介だけではなく、プロダクトが生まれた背景や社会的意義を伝える。共感を生むメッセージと具体的な事例でブランドへの信頼を築く。
今日から実践できるアクション
- ユーザーの課題を再定義するワークショップを開催する
社内メンバーや主要ユーザーを巻き込み、「現状のプロダクトはどの課題を解決しているか」「今後解決すべき課題は何か」を付箋やMiroなどで洗い出す。課題発見の方法についてはユーザーインタビューの完全ガイドもぜひご覧ください。。 - オンボーディング体験の検証と改善
新規ユーザーが最初に行き詰まるポイントを分析し、登録フローやUIライティングを改善する。実在する成功例としてDuolingoのリテンション施策を解説した記事「Duolingoに学ぶユーザーリテンション8つの心理トリガー」もtoC観点でも参考になると思います。 - 小さなフリーミアム実験を設計する
現行プロダクトが有料のみの場合でも、一部機能を期間限定で開放し、どの程度ユーザー獲得や転換率に影響するかを測定。

Q&A
Q1. フリーミアムで無料ユーザーばかりになってしまわないか不安です。
フリーミアムの成功には価値提供の設計が鍵です。Slackは無料でも十分便利ですが、履歴保存やセキュリティなど業務に必須の機能は有料版に集約しています。また、無料から有料へ移行する指標を定期的にトラッキングし、料金体系を調整することで収益性を確保しています。
Q2. ネットワーク効果はすべてのプロダクトに必要なのでしょうか。
必須ではありません。Zoomは大きなネットワーク効果がない代わりに、使いやすさと信頼性で支持を集めました。ただし、同僚や友人を誘うインセンティブを設計することは多くのサービスで有効です。自社プロダクトに合った拡散の仕組みを考えましょう。
Q3. 大企業向け機能と中小企業向け機能のどちらを優先すべきですか。
Slackは初期に中小チーム向けに広がり、その後エンタープライズ向けのEnterprise Gridを開発しました。まずはプロダクト市場適合を狭いターゲットで達成し、その後ニーズに応じて機能を拡張するのがセオリーです。市場や組織のリソースを鑑みて段階的に広げていきましょう。
コメント