PMが知るべき“価格設定” – バニラ調査とコンジョイント分析で適切な価格を導き出す

プロダクト企画

なぜ価格設定リサーチが重要か?

プロダクトの価格をどう決めるかは、PMにとって大きなテーマです。売上や利益率への直結度も高く、下手をするとユーザー離れやブランドイメージの毀損につながりかねません。一方で、マーケティング部門や経営層に丸投げになりがちな領域でもあります。

ただ、僕自身toCスタートアップをやっていたことに価格設定をやりましたが、誰にどんな価値を届けるか」を肌感覚で理解しているPMこそ、価格戦略の設計にコミットすべきだと感じました。本記事では、価格リサーチの具体的な手法と、それを理解するための架空ケースを組み合わせながら、実践的なプロセスを解説します。

架空ケース「TalentWorks」のシナリオ設定

ここでは、HRテック系の架空SaaS「TalentWorks」を例に価格リサーチを進める方法を紹介します。TalentWorksは、中途採用に強みを持つ企業向けの候補者管理プラットフォーム。管理画面で応募者のステータスをトラッキングしたり、チャットで候補者とやり取りしたりする機能が特徴です。

現状、「フリー」「スタンダード(月額5万円)」「エンタープライズ(月額15万円)」の3プランを提供していますが、直近のユーザーインタビューやログ分析から以下の課題が見えてきました。「スタンダードプランの利用率が低い」「フリーから有料プランへの転換率が想定より低い」。ここを改善するために料金プランそのものを再検討しよう、というのが今回のシナリオです。

バニラ調査:まずはユーザーが感じる“ざっくり価格帯”を把握

価格リサーチと聞くと高度な手法に飛びつきたくなりますが、まずは「バニラ調査(直接的な価格評価)」から始めるのがおすすめです。バニラ調査には、

  • Van WestendorpのPrice Sensitivity Meter(PSM)
  • Gabor-Granger法

などが代表的です。たとえばPSMなら、ユーザーに対して以下の4つの質問を投げかけます。

  • 高すぎて購入(契約)をためらう価格帯はいくらからか?
  • 安すぎて品質が心配になる価格帯はいくらからか?
  • 安く感じる価格帯はいくらまでか?
  • 高いとは感じるが購入可能な範囲はいくらまでか?

この4つの回答を視覚化すると、“ユーザーが受け入れやすいおおよその価格レンジ”が見えてきます。TalentWorksの例では、まずターゲット企業(従業員規模50〜300名程度の企業)を対象にオンラインアンケートを実施。結果、月額3万円以下だと「機能性やサポートが不安」「割高と感じ始めるのは月額10万円付近から」という傾向が得られました。

具体ステップ:バニラ調査を設計する際のポイント

まずは予備的なアンケートとして、既存ユーザーやターゲット企業を対象にPSMを実施します。ここで注意したいのは、回答者が抽象的に答えがちな点です。たとえば「いくらなら導入するか」を聞かれても、実際の稟議プロセスや導入決定権者の意向など複数要因で変動することがあります。そこで、回答に至った理由や背景もできるだけ書いてもらう工夫をするなど、質的情報を少しでも回収できるようにしましょう。

さらに、バニラ調査が終わったタイミングで、回答者の一部に追加でユーザーインタビューを行うのが効果的です。

紙面やアンケートでは表現しきれない「なぜその価格帯が嫌なのか」「他のHRツールとの比較でどう見えているのか」といった生々しい声を補足することで、調査結果の解釈を間違いにくくなります。詳しいユーザーインタビューの設計手法については、こちらの記事もあわせてご覧ください。

ユーザーインタビューの目的・設計・やり方・分析まで完全ガイド
HRテック企業でプロダクトマネージャーをしているクロと申します。私はマーケ出身で博報堂、リクルート、toCスタートアップなどで累計600人以上にユーザーインタビューを実施してきました。さらに毎日LLM(ChatGPT等)を活用しながら、リサ...

Conjoint分析:複数機能を含む“プランの組み合わせ”を評価する

バニラ調査だけでは「この機能にはいくらの価値がある」「あのサポート体制にはいくら払ってもいい」などの細部までは見えづらいことがあります。そこで次に、複数要素を組み合わせて総合的に価格を評価するConjoint分析を導入します。Conjoint分析では、たとえば下記のような属性とレベルを設定して、ユーザーに「どの組み合わせなら最も魅力を感じるか」を選択または点数評価してもらいます。

  • 機能:応募者管理(基本機能)/チャット連携機能/分析レポート機能/カスタマーサポートの有無など
  • 価格:3万円/5万円/10万円/15万円
  • 契約期間:半年/1年/2年

TalentWorksのケースでは、インタビューデータから「チャット連携」や「分析レポート」がユーザーにとって特に重要な付加価値であることがわかりました。そこでConjoint分析では、これらの機能を含むプランと含まないプランを分けて評価してもらうことで、ユーザーが最も納得感のある機能セットと価格帯を定量的に把握できます。

具体ステップ:Conjoint分析の流れと注意点

Conjoint分析は、ソフトウェアやWebツールを使って実施するケースが多いです。大まかな流れは以下のとおりです。

  1. 調査設計:どの機能を属性として含めるのか、価格の選択肢をいくつにするかを決める
  2. 調査票・シナリオの作成:ユーザーに提示する組み合わせパターンを設計する
  3. データ収集:オンラインアンケートや対面での評価セッションを実施し、ユーザーの選好データを集める
  4. 分析:回帰分析や統計モデルを用いて、各機能・価格帯がユーザーに与える相対的な影響度合いを算出する

注意点としては、プランや機能の組み合わせパターンが多くなりすぎるとユーザーが疲れてしまい、回答精度が落ちるリスクがあることです。必要に応じて一部の組み合わせに絞る「効用最大化設計(効率的な実験計画)」を使うなどの工夫をしましょう。詳しい設計方法は、Green & Rao(1971)の論文などが有名なので、興味ある方は少し面倒ですがみてみてください。

ユーザーインタビューと“ログ分析”を掛け合わせて信頼度をアップ

バニラ調査やConjoint分析は多くの場合アンケート形式になりますが、それだけでは実際のユーザー行動と乖離が生じることがあります。「価格を聞かれると安い方を選びがちなのに、実際は使い勝手やサポート充実度を重視して高めのプランを契約する」というケースも珍しくありません。そこで、アンケート結果の背後にある心理や文脈を知るために、ユーザーインタビューを実施します。

加えて、TalentWorksが提供するサービスの管理画面ログや利用頻度データを分析すれば、「実際にはどの機能がどの程度使われているのか」を把握できます。これによって「皆が求めていると思っていた機能が意外と使われていない」という発見があるかもしれません。こうした“ログ分析→ユーザーインタビュー”の流れは、こちらの記事でも詳しく解説していますので、参考にしてみてください。

ログ分析→ユーザーインタビューの流れで、「本当に解くべき課題」を明確にする
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架空ケースの結果とプラン改定案

今回の架空ケース「TalentWorks」では、以下のようなリサーチ結果が得られたとします。

  • バニラ調査(PSM):価格許容レンジは月額3万円~10万円程度
  • Conjoint分析:「応募者管理+チャット連携+レポート機能」の組み合わせが高評価。また、サポートの手厚さや契約期間延長のディスカウントに対しては追加料金を払ってもいいという回答が多い
  • ユーザーインタビュー・ログ分析:スタンダードプランは「チャット機能が中途半端」「レポートが物足りない」ため魅力が薄い。フリープランからの移行は「サポート不足」「どのプランを選べばいいかわからない」などが障壁

これらを踏まえた改定案として、「スタンダードプラン」を廃止し、新たに「Proプラン」を設定。月額8万円で「フル機能+従業員規模に応じたレポート最適化+チャットサポート」を提供する形にリニューアルするとします。価格帯はバニラ調査の許容レンジから外れないよう調整し、Conjoint分析で高評価だった機能セットを盛り込みます。そして導入後のユーザー離脱リスクを低減するために、オンボーディングに力を入れることが重要です。

社内合意形成とリリース後の検証プロセス

実際にプラン改定を行うときは、社内での合意形成も大きなハードルになります。セールスチームからは「価格を下げたい」「既存顧客への説明はどうする?」といった声が出るでしょう。そこで、定量データ(PSMやConjoint分析の結果)と定性データ(インタビューやログ分析)を根拠にしながら、数字とユーザーの声を組み合わせてプレゼンするのが効果的です。

新プランをローンチしたら、数カ月間は継続的にKPIをモニタリングしましょう。申込率や離脱率、アップセル率といった数値面に加えて、「ユーザーが新プランに対してどのような感想を持っているか」を再度インタビューで拾いにいくことが大切です。小規模でもいいのでフォローアップのインタビューを実施して、生の声を聞きながら細かい修正を重ねていくと成功確度が高まります。

まとめ:多層的なリサーチが“納得感ある価格”を導く

価格設定は、数字だけでは割り切れないユーザー心理が大きく関わる領域です。今回の架空ケース「TalentWorks」でも示したように、まずはバニラ調査で大枠の許容レンジを見極め、その後、Conjoint分析で複数機能の組み合わせに対する選好度合いを定量的に把握します。そして最終的にはユーザーインタビューやログ分析で裏付けを取ることで、“ユーザーが本当に求めるプラン”を作りこむことができます。

PMがこのプロセスを主導することで、「なぜこの価格なのか」をユーザーにも社内にも論理的に説明可能になります。価格と機能が噛み合わずに顧客が離れてしまうリスクを減らし、かつ、プロダクトの価値を適正に評価してもらえるようになるはずです。


参考情報

今日から実践できるアクション

  • バニラ調査でざっくりレンジを把握: PSRやGabor-Grangerなど、簡易な調査から始めてユーザーの価格感覚をつかむ。
  • Conjoint分析で機能価値を定量化: 特にプランや機能が複雑なSaaSでは、ユーザーがどの機能にどれだけ支払う意欲があるかを明確にする。
  • インタビュー+ログ分析をセットに: 数値化しきれない心理的障壁や利用実態とのギャップを潰すため、定量と定性の往復を欠かさない。
  • 社内合意形成のエビデンスを揃える: 新プランの価格を決める際は、得られたデータをわかりやすくまとめてセールス・経営陣と共有する。

Q&A

Q: バニラ調査はとてもシンプルですが、信頼度は高いですか?
A: バニラ調査(PSMやGabor-Granger)は価格感の目安を把握するには十分に有効ですが、コンテキストが含まれにくいデメリットもあります。インタビューやログ分析で補完することで、信頼度が上がります。
Q: Conjoint分析を行うには大規模なサンプルが必要ですか?
A: 一般にはサンプル数が多いほど分析精度は高まりますが、無理に大規模化せず、対象ユーザー層を絞りつつ適切な調査設計を行えば中規模サンプルでも有益な知見が得られます。
Q: 価格改定後、既存ユーザーへの説明はどうすればいいでしょう?
A: 事前告知のタイミングや新プランへの移行メリットを丁寧に伝えることが重要です。インタビューで得た“どの部分に価値を感じてもらえるか”を整理し、FAQや導入サポートに盛り込むと効果的です。

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