この記事の要約
- 【課題】 定期的にインタビューを実施しているのに、なぜか施策が当たらない。それは「会うこと」で満足し、「理解」の定義がズレたまま停止している可能性がある。
- 【原因】 インタビュー特有の「3つの溝(バイアス・環境・言語化)」にハマっているか、リサーチを施策に落とし込むまでの「5段階のスキル」におけるボトルネックが存在する
- 【解決】 「実在する1人の1週間の生活を、チーム全員が時系列で語れる」状態にすることと、ユーザーの生活に没入(Dive)する泥臭いアプローチが必要
「毎週ユーザーインタビューを実施する」
この習慣自体は素晴らしいもの。しかし、「ユーザーと会っているのに、ユーザーのことが分からない」「聞いた要望通りに作ったのに、使われない」というパラドックスに陥ることがあります。
なぜ、このようなことが起きるのでしょうか。
それは、「ユーザーに会うこと(接触)」と「ユーザーを理解すること(洞察)」が、別のスキルが求められるものであることを忘れてしまっているからです。
インタビューの回数を重ねることは、必ずしも理解の深化を意味しません。むしろ、漫然としたインタビューは「分かった気になれる」という麻薬のような副作用をもたらし、真のユーザー像から私たちを遠ざけることさえあります(当たり前ですが、ユーザーに会うこと自体は素晴らしいことです)。
この記事では、「ユーザーに会っているのにユーザーを正しく理解できていない」現象の正体と、そこから脱却するための「5つのスキルレイヤー」について解説します。
「ユーザーに会っている」のに「理解できない」。そこにある3つの溝
どれだけ熱心にユーザーの話を聞いても、施策が的外れになってしまう場合、僕たちは無自覚に以下の「3つの溝」に足を取られています。
1. 「インタビューに来る人」バイアスの溝
まず疑うべきは、「目の前のN=1は、本当にターゲットユーザーを代表しているのか?」という点です。
- 平日の日中に1時間のインタビューに応じられる人
- 謝礼のAmazonギフト券を魅力に感じる人
- わざわざ運営に物申したいことがある人
「インタビューに能動的に応募してくる」という時点で、その人はすでにマジョリティではない可能性があります。
「サイレントマジョリティ(物言わぬ多数派)不在」の事実を忘れ、目の前の饒舌なユーザーの意見を「総意」として受け取ってしまうと、プロダクトの方向性は大きく歪みます。
詳しくは【2025年】ユーザーインタビューで起こるバイアスを徹底攻略!回答バイアス・誘導尋問・社会的望ましさから「本音」を引き出す実践ガイドでも解説していますが、このセレクションバイアスへの自覚が第一歩。

2. 「会議室(Zoom)」と「現場」のコンテキストの溝
インタビューは、整理整頓された会議室や、静かな自宅のPC前(Zoom)という「非日常」で行われます。ただ、実際のユーザーはどんな状況でプロダクトを使っているでしょうか。
- 満員電車で押しつぶされながら片手で操作しているかもしれない。
- 泣き叫ぶ子供をあやしながら、焦って入力しているかもしれない。
- 上司に詰められた直後の、極度のストレス下で画面を見ているかもしれない。
「真空状態の会議室」で理路整然と語られた言葉には、この「現場のノイズ(コンテキスト)」が欠落しています。「この機能便利ですね」という発言は、「(落ち着いた環境でゆっくり触れるなら)便利ですね」という意味かもしれません。
3. 「発話」と「本音」の合理性の溝
「なぜ、この商品を選んだのですか?」
こう聞かれた時、ユーザーは瞬時に脳内で「もっともらしい理由」を構築し回答します。「機能が豊富だから」「コスパが良いから」など。
しかし、実際の購買行動は「なんとなくパッケージが好きだった」「その時の気分で」といった、非合理な感情によって引き起こされていることが大半です。
プロダクトマネージャーが“認知科学”を意識してプロダクトを設計する際にも重要になりますが、人間は「感情で動いて、論理で言い訳する生き物」です。
ユーザーの口から出る「合理的な説明(建前)」をそのまま鵜呑みにすることは、真実(本音)を見誤る最大の原因となります。

ユーザー理解の「5つのスキル・レイヤー」
また、「ユーザー理解」をきちんとスキルとして捉え、そのプロセスを分解すると以下の5つのスキルレイヤーに分けられます。
Lv.1:インタビュー設計のスキル(仮説構築)
「とりあえず話を聞こう」は、時間とお金の無駄になってしまう可能性があります(何もしないよりマシではありますが)。
ユーザーインタビュー前に「筋の良い仮説」をチームで設定する具体的な方法やフレームが必要不可欠です。
- 私たちは今、何を知らないのか?
- 何を明らかにすれば、意思決定ができるのか?(Research Question)
- つまり、このユーザーインタビューで明らかにしたい”仮説”は何?
- その”仮説”のサポート / 棄却を決定する指標と基準は何?
この「問い」の解像度が低いままインタビューに臨むのは、地図を持たずに航海に出るようなものです。
Lv.2:インタビュー実行のスキル(深掘り)
よくある話の通り、ユーザーの「ドリルが欲しい」という言葉に対し、「どんなドリルですか?」と聞くのは二流です。「なぜ穴を開けたいのですか?」「いつ、どんな状況で穴が必要になったのですか?」と、背景にあるコンテキストを掘り下げるスキルが必要です。
また、“Why地獄”から脱出:ユーザーインタビューでの「なぜなぜ尋問」からリカバリーする27の質問パターンを駆使し、相手を詰めずに本音を引き出す会話術もここに該当します。


Lv.3:ファクト分析のスキル(事実と解釈の分離)
インタビューが終わった後、議事録には何が書かれているでしょうか。
「ユーザーは〇〇機能を欲しがっていた」というのは、インタビュアーの「解釈」です。
- 事実(Fact): ユーザーは「今はExcelで管理していて、転記作業に週3時間かかっている」と言った。
- 解釈(Insight): だから、自動連携機能があれば喜ぶはずだ。
この2つを明確に分けて記録・分析できていないと、解釈だけが一人歩きし、バイアスのかかった報告書が出来上がります。「ファクト」とは何か?どうやって「ファクト」を引き出すのか?の記事にも書きましたが、「ファクト」と「ファクトではないもの」を正しく理解しメモ段階で分類する必要があります。

Lv.4:定量データとの結合スキル(一般化)
さらに、N=1のインタビューで得られた強烈なインサイトは、あくまで「その一人」の真実です。それをそのままプロダクト全体に適用するのはリスクがあります。
ログ分析→ユーザーインタビューの流れで、「本当に解くべき課題」を明確にするように、定性で見つけた仮説を、定量データ(ログやアンケート)と突き合わせて、「同じ課題を持っているユーザーは全体にどれくらいいるか?」を検証するスキルが求められます。

Lv.5:示唆と打ち手への接続スキル(構造化)
ここが最も高く、重要な壁です。
「いい話が聞けたね」で終わらせず、それを具体的な「UI/UXデザイン」や「機能要件」に落とし込む翻訳能力。
リサーチ結果を現実のプロダクト開発に接続できなければ、インタビューはただの「おしゃべり」です。経営層・上司・メンバーを動かすユーザーインタビュー結果の見せ方・使い方を学び、インサイトを「仕様書」に変える力がPdMの腕の見せ所です。



「実在する〇〇さんの1週間」をチーム全員が語れるか?
では、自分たちが「ユーザーを理解できているか」をどう判断すれば良いのでしょうか。
1つシンプルな方法は、「実在する特定の個人の名前とその人の24時間の生活」をチーム全員が挙げられるかどうかです。
ペルソナではなく「実在するN=1」を語る
「30代・都内在住・共働き」といった架空のペルソナではありません。
「先週インタビューした、大阪の田村さん(仮名)」の顔が、チーム全員の脳裏に浮かんでいるでしょうか。
そして、以下の問いに答えられるでしょうか。
「田村さんは月曜の朝、どんな気分で起きて、通勤中にスマホで何を見て、仕事中にどんなストレスを感じ、夜は何時に寝ましたか?」
この「生活のタイムライン(線)」を、断片的な情報から想像し、チームで語り合える状態。
これこそが「ユーザー理解」のゴールです。

断片(点)ではなく、文脈(線)で理解するためのTips
もし答えられないなら、以下の方法を試してみてください。
- Tips 1:同じ人に継続的に会う(定点観測)
毎回違う人に会うのではなく、同じユーザーに3ヶ月おきに会い続けてください。「点」ではなく「線」の変化が見え、理解の解像度が劇的に上がります。 - Tips 2:製品以外の話を聞く時間を設ける
インタビューの最初の15分は、製品の話を禁止し、「最近の生活」「ハマっていること」「愚痴」だけを聞いてください。そこに行動の源泉があります。
会議室を出よう。ユーザーの生活へ「Dive」しよう。
最後に、最も泥臭く、最も効果的なアプローチを紹介します。
それは、ユーザーの生活環境に完全に没入(Dive)することです。
単に自社製品を使う「ドッグフーディング」ではありません。
ユーザーが置かれている「制約条件」ごと再現して生活するのです。
- 通信速度制限がかかったスマホで使ってみる。
- ガヤガヤしたカフェや、揺れる電車の中で操作してみる。
- ユーザーと同じ業務フローを、実際に1週間体験してみる。
オフィスで想像するのではなく、現場で「体験」する。
そこまでして初めて、「あ、このボタン配置だと絶対に押せないわ」「この通知はウザすぎて切るわ」という、理屈を超えた身体感覚が得られます。
この「憑依(Possession)」レベルまで到達すると、いちいちデータを見なくても、直感的に正しい意思決定ができるようになります。
「田村さんなら、絶対にこれは使わない」。そう断言できる自信こそが、迷いのないプロダクト開発を支えるのです。

ユーザー理解とは「他人の人生を追体験する旅」
「ユーザーに会っているのに分からない」と悩む時、私たちはユーザーを「機能を使ってくれる都合の良いパーツ」として見ているのかもしれません。
ユーザーには生活があり、感情があり、私たちと同じように矛盾を抱えて生きています。
インタビューはその人生の一部を覗かせてもらう行為に過ぎません。
会議室を出て、データと向き合い、生活にDiveする。
その泥臭いプロセスの果てにしか、本当の「理解」は待っていないのです。
(自戒の念を込めて)
今日から実践できるアクションリスト
- チーム定例で「我々が一番詳しい実在のユーザーは誰か?」と問いかけ、具体的な名前(N=1)を挙げてみる。
- 次回のインタビューで、プロダクトの話を一切しない「生活ヒアリング」のパートを設ける。
- ユーザーが実際にプロダクトを使っている現場(通勤電車、店舗、現場など)に足を運び、同じ環境で操作してみる。
よくあるQ&A
- Q. N=1に注力しすぎると、ニッチな製品になりませんか?
- A. 逆です。『たった一人の分析から事業は成長する』でも語られている通り、一人の深い悩みを解決するプロダクトこそが、結果として多くの人の心に刺さります。「誰でもいい」機能は、誰にも刺さりません。
- Q. 定量データと定性データ(インタビュー)が矛盾したら?
- A. 定量データとユーザーインタビューが食い違うとき、どう再設計するか?の記事も参考にしてください。矛盾がある時こそチャンスです。ユーザーが「言っていること(定性)」と「やっていること(定量)」のズレにこそ、本音のインサイトが隠れています。



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