僕はプロダクトマネージャーとマーケターとして累計600人以上のユーザーインタビューを実践してきましたが、顧客に「未来」について質問するとなんだかよくわからない結果が得られる実感があります。これは顧客が意図的に間違った情報を与えているわけではなく、不確実な未来を具体的に想像するのが難しいからです。
よく引用されるエピソードに、「もしヘンリー・フォードが馬車を使う人に『何が欲しいか』を尋ねたら『もっと速い馬』と答えるだろう」という話があります。ユーザーは既存の延長線でしか未来を思い描きにくく、“画期的なソリューション”や“新たな価値観”は想像しづらいのが現実です。そうした未来の具体像を語りきれない顧客の声だけを頼りにプロダクト開発を行うと、的外れになるリスクが生じます。
だからこそ、顧客が語らない部分を埋めるために必要なのが「ファクト」です。本記事では、顧客が未来を語れないのは当たり前という前提を深掘りし、ファクトをどのように集めてプロダクトをグロースさせるかを解説します。さらに、ファクトを集めるだけでは不十分で、そこにPM自身の熱量や妄想、そして“エバンジェリストユーザー”から学ぶアプローチが不可欠である点もお伝えします。
顧客は未来を語れない——その理由と実態
顧客に対して「こんな機能があったら使いますか?」と聞いても、いざ実装すると使われないのはもはや常識でPdMなら知らない人はいないでしょう。これは、未来に対して顧客自身も不確実性を抱えているからです。心理学の研究でも、将来の行動や感情を正確にイメージするのは困難だとされています(Gilbert & Wilson, 2007)。
さらに、顧客は社会的望ましさバイアスや予想バイアスを通じて、「こう答えたほうが良いだろう」と思う回答をしてしまいがちです。アンケートで「新機能を毎日使う予定」と答えていても、実際には週に一度もログインしないケースがよくあります。これは顧客の誠実さとは無関係で、人間の認知的限界の問題といえます。

「ユーザーが未来を語れないなら、もう聞いても意味がないのでは?」という極端な解釈はしないほうがいいです。現時点で抱えている課題や、過去の行動履歴を丁寧に掘り下げれば、新しいアイデアのヒントが必ず見つかります。つまり、顧客の“未来予測”よりも、いま起きている“具体的事象(ファクト)”にこそ価値があるのです。
ファクトとは何か?ファクトとファクトでないものを仕分ける
ここで言うファクトとは「実際に観測できる事実」のことです。アクセスログや購入履歴、ユーザーが直面したトラブルの再現性など、客観的に確かめられる情報がファクトに該当します。一方で、ユーザーの憶測や感覚的イメージはファクトではありません。
具体例を挙げると、ユーザーが「アプリを立ち上げるたびに落ちる」という不具合の報告をした場合、その不具合が何分にどんな操作をして、何秒後にクラッシュしたかというログ情報がファクトです。それに対して「もし◯◯の機能があったら自分はもっと使うと思います」という意見はユーザーの推測であり、ファクトではありません。その推測をまったく無視して良いわけではありませんが、まずは実際の行動履歴やクラッシュログといった客観的データを確認する姿勢が不可欠です。
一方、インタビューで「過去にこんな裏ワザを使って乗り越えた」という具体的エピソードが出てきた場合は、その裏ワザ自体がファクトとみなせます。ユーザーが本当に行った行動であり、プロダクトに対する欲求不満を解消しようとした痕跡がそこにあるからです。曖昧な意見や感想と、具体的なエピソードをしっかり仕分けることで、ファクトベースのインサイトを得やすくなります。
ファクトとファクトでないものの具体的な例
以下に、ファクト(事実)とファクトでないもの(推測・感覚)を一目で比較できるようまとめました。ユーザーインタビューやログ分析でよく遭遇する具体例を挙げています。
◆ ファクトの例
- クラッシュログの詳細:「何時何分に、どんな操作を行った直後にクラッシュしたか」の記録
- 実際の購入履歴:「ユーザーが月に何回、どの製品を購入したか」という客観データ
- ユーザーが取った裏ワザ:「◯◯機能を使わずに、代替サービスに一度データを移して作業を進めた」など、過去に本当に行った行動
- 操作ログからわかる離脱ポイント:「A画面からB画面へ遷移後、平均5秒でアプリを終了している」などの定量的な行動パターン
- ユーザーの1日の行動:何時に仕事を開始して該当カテゴリのサービスを開くのはいつかなど
- 払っているコスト:どのくらいの時間や金額をnヶ月(n周間)の間にその課題に対して支払ったか?
◆ ファクトでないものの例
- 「もし◯◯機能があれば毎日使うはず」:ユーザーの予測や願望にすぎず、実際に使うかは不明
- 「自分の理想の未来はこうなると思う」:現実に発生していない想定や期待値の話
- 「このUIデザインは多分好評だろう」:データやインタビューで検証していない主観的な推測
- 「きっともっと若年層が多いはず」:定量的な根拠なしに語られるユーザー属性のイメージ
上記を見比べると明らかなように、ファクトとは「客観的に観測され、再現性をともなう具体的情報」を指します。一方で「もし◯◯なら…」「きっとこうだろう」といった予測や感覚的な表現はファクトではありません。後者を完全に無視する必要はありませんが、まずはファクトを押さえて状況を正しく理解し、そのうえでユーザーやチームの推測を検証する形で進めることが大切です。
ファクトを集める方法——ログ・インタビュー・観察
ファクトを得るうえで有効な手段のひとつはログ分析です。ユーザーが実際にどの機能をどのタイミングでどれだけ使っているかを調べることで、利用頻度や滞在時間、離脱ポイントなど、客観的なユーザー行動を可視化できます。たとえば、ログを見れば「◯◯機能をメインで使う人は全体の5%だが、滞在時間は平均の3倍」というような事実がわかります。こうしたデータは「ユーザーが実は◯◯に高いニーズを持っているかもしれない」という仮説に繋がります。
次に、インタビューでファクトを引き出すには、「未来に何が欲しいか」を問うよりも、現在の課題や過去に経験した出来事を深掘りする質問が有効です。たとえば「◯◯を使ったときにどんな工夫やワークアラウンドをしましたか?」という聞き方なら、具体的な行動や裏タスクを引き出しやすくなります。さらに詳しいインタビューの設計方法は、ユーザーインタビューの目的・設計・やり方・分析まで完全ガイドの記事でも解説していますので参考にしてみてください。

さらに、観察やエスノグラフィー調査も効果的です。ユーザーが実際にプロダクトを利用している環境を観察することで、本人が気づいていない使い方や隠れた課題を見つけられます。詳しくは、インタビューより”深い”ファクトを「エスノグラフィー調査」でゲットするの内容が参考になるはずです。

ファクトの先にあるPMの「熱量と妄想」が必要な理由
また、ファクトさえ集めれば完璧だ、と考えるのは早計です。たとえば、“機能の利用ログ”だけを見ても、「ユーザーがなぜそう使っているのか」「どのような価値を見出しているのか」は分かりません。そこで必要になるのが、PMの熱量や妄想力です。僕は普段からログやインタビュー結果を踏まえつつ、「このファクトから未来の体験をどう作れるか」を振り切って大胆に想像するようにしています。
ユーザーが「これが欲しい」とはっきり言えなかったとしても、ファクトが示す行動データや課題を俯瞰すれば、潜在ニーズを汲み取ることが可能です。PMとしては、そこから仮説を立てて、プロトタイプやMVPで小さく検証するサイクルを回す必要があります。この仮説こそが“妄想”の部分ですが、それは根拠のない思いつきではなく、ファクトに裏付けられた“狙いのある妄想”であるべきです。
僕は、ファクトから得られる気づき(Where、When、How使っているかなど)を整理したうえで、ユーザーの理想体験を想像します。いわば「ファクト×仮説検証」の掛け算です。大手プロダクト企業の事例を見ても、顧客の事前要望より先回りして、実際は誰も想像していなかった新しい利用スタイルを提示し、ビジネスを大きく成長させたケースは多いです。AppleのiPhoneが典型例でしょう。
エバンジェリストユーザーを探し、その知見を民主化する
さらに、顧客が未来を語れない中でも“未来の利用スタイル”を一部先取りしているユーザー層が存在します。いわゆるエバンジェリストユーザーです。僕が過去に携わったサービスでも、ログ分析で特定機能を異常なほど使い込み、工夫しながら自社の業務フローに組み込んでいるユーザーを見つけました。インタビューをすると、そのユーザーは周囲の社員に機能の魅力を伝え、独自の活用事例を共有していたのです。
エバンジェリストユーザーを探すには、ログ分析やSNS、コミュニティを活用するとよいです。ログからは突出した利用時間や高頻度アクセスが見つかるため、そこに絞ってインタビューを実施します。SNSやコミュニティ上では、熱心に製品の良さを発信している人が見つかる場合もあります。彼らがどんな課題を解決しているのか、どんなワークアラウンドや工夫をしているのかを徹底的に聞き出しましょう。
エバンジェリストが実践している解決策を、他のユーザーでも再現できるようにプロダクト側でサポートする。これはプロダクトのグロースに直結します。例えば設定手順を簡素化する、UIを工夫して自然に同じ行動を誘導する、といった形です。“先を行くユーザー”の事例を一般化(民主化)することで、まだ気づいていない層にも新たな未来の使い方を提供できます。
顧客が未来を語れない中でのプロダクトグロース戦略
ここまで紹介したように顧客のファクトではない発言やアンケート結果だけに頼らず、ファクトを徹底収集し、そこにPMの熱量と妄想を掛け合わせる。さらに、エバンジェリストユーザーの実例を取り込み、その優れた使い方を一般ユーザーに広げる。こうした複合的なアプローチを組織で回すことが肝心です。
そのためには、まずリサーチデータを一元管理する“リサーチデータベース”の整備も有効。リサーチデータベースを構築して、ユーザーインタビューの知見を資産化するで解説しているように、インタビュー結果やログ情報をチーム全体で共有できるようにしておくと、過去のファクトをいつでも参照できます。ファクトに基づく議論が当たり前になれば、開発スピードや施策の精度も向上します。

今日から実践できるアクション
1. ログを仕分けする
実際の利用頻度、離脱ポイントなどの行動データをまずは集計し、セグメント別に傾向を可視化します。想定通りの利用と乖離がある箇所は重点的に深掘りしましょう。
2. インタビューで具体的な過去・現在の行動を聞く
顧客の未来予測を聞くのではなく、「いつ・どんな環境で・どのように使ったか」を中心に質問します。曖昧な表現ではなく、実際の場面やエピソードを話してもらうのが鍵です。
3. エバンジェリストユーザーの発見と活用
ログやSNSから突出しているユーザーを見つけ、その工夫をインタビューや観察で学び取ります。そこに隠れている未来の使い方を一般ユーザーに広げる施策を検討しましょう。
Q&A
Q1:顧客が未来を語れないのに、ユーザーインタビューは意味があるのですか?
A:あります。未来予測の精度は低くても、過去と現在の課題や行動は貴重なファクトです。そこを深く掘り下げることで、新機能や施策のヒントが得られます。
Q2:ファクトを集めても、大胆なアイデアが出てこない気がします。
A:ファクトはあくまで基盤です。大胆なアイデアを生み出すのはPMの“妄想力”や“熱量”です。ただし、その妄想に飛躍させるためにも事実に根ざしたベースが必要になります。
Q3:エバンジェリストユーザーをどう見つけるのが効率的でしょうか?
A:ログ分析で極端に利用頻度が高いセグメントや、SNSやコミュニティで積極的に情報発信しているユーザーに注目するのが手早いです。事前に絞った候補に対してインタビューを行うと効率的に発見できるでしょう。
参考情報
- Gilbert, D. T., & Wilson, T. D. (2007). Prospection: Experiencing the Future. Science, 317(5842), 1351-1354.
- Ries, E. (2011). The Lean Startup. Crown Business.
- Fitzpatrick, R. (2013). The Mom Test. Stripe Press.
- ユーザーインタビューの目的・設計・やり方・分析まで完全ガイド
- インタビューより”深い”ファクトを「エスノグラフィー調査」でゲットする
- リサーチデータベースを構築して、ユーザーインタビューの知見を資産化する
コメント