- はじめに:エッセンシャル思考がプロダクトマネージャーを救う
- 「エッセンシャル思考」とは、不要を捨て、必要を選び取る戦略
- 「探す(Explore)」「捨てる(Eliminate)」「実行する(Execute)」
はじめに:エッセンシャル思考がプロダクトマネージャーを救う
PMは本来、ユーザー理解やプロダクトビジョンの策定、本当に解くべき課題の設定といった事業やプロダクトグロースに対してまっすぐな業務に注力したいですよね。ただ実際は、ステークホルダーからの多様な要望、社内外の調整、問い合わせ対応、莫大なSQL分析など、日常的に膨大なタスクが積み上がるポジションでもあります。
この「やるべきことが多すぎる」状況に陥ると、以下のような「badサイクル」に陥ります。
- 本当に重要なユーザーインタビューや戦略立案に時間を割けない
- 結果的にプロダクトの方向性が曖昧になる
- 開発工数のムダや機能の肥大化
- 無駄な仕事が増えて、無駄なポジションが増えて意思決定スピードの低下
そんな悩みを解決するヒントとして、『エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする』(著:グレッグ・マキューン)は大きな示唆を与えてくれます。本記事では、本書の要点とPMとしての具体的な活用法を徹底的に掘り下げます。
「エッセンシャル思考」とは、不要を捨て、必要を選び取る戦略
本書の核心は、「すべてをやろうとしない勇気」を持つこと。
人は多くのことを同時に推進できる人を生産的だと思いがちですが、実際はその逆。本質的ではない業務を抱え込みすぎると、成果がブレ、大切な領域に集中できなくなると著者は指摘します。
そこで提唱されるのが、「少ないことは豊かである(Less but better)」というマインド。必要最小限のことだけにフォーカスすることで、結果として最大限の価値を生み出せるという考え方です。具体的には、自分のミッションやビジョンを明確化し、それ以外に対しては断固たる態度で「No」を突きつける。これがエッセンシャル思考の第一歩です。ちなみに本当に大事なことには、家族や友達との時間も入ると思います。
「探す(Explore)」「捨てる(Eliminate)」「実行する(Execute)」
エッセンシャル思考では、大枠として以下のプロセスを踏むことが推奨されています。これは本書でたびたび登場する「3つのE」です。
①Explore(探す/見極める)
最初にやるべきは、本当に重要な要素を丁寧に探索し、見極めること。そもそも大事なことがわかっていないと捨てる、も、フォーカスもできません。
PMなら、「ユーザーが本当に求めている価値は何か?」を深掘りするフェーズに該当します。具体的にはユーザーインタビューやログ分析を通じて、課題の優先度を浮き彫りにする。ここでの調査が甘いと、本書でいう「不要なものまで背負い込む」状態になりがちです。
②Eliminate(捨てる)
エッセンシャル思考において最も大切な行為が、余計なタスクや要望を思い切って切り捨てること。「90%ルール」とも呼ばれ、「100点満点で90点以上の価値があると思えないなら断る」基準を設けるのが有効。
PMが機能追加や要望対応を迫られたときに、「ユーザーの問題を解決するインパクトが90点以上か?」と自問し、その答えが微妙なら潔く「ノー」を選択しましょう。
③Execute(実行する)
最後に、選び取った「本質的なタスク」に集中して成果を上げる段階です。
本書では、このフェーズをスムーズに進めるために、「妨害要因を先に取り除く仕組み化」の重要性を説いています。予定表上で時間をブロックして余計なミーティングを入れない工夫や、断るための定型フレーズを準備しておくなど、すぐに実行できるノウハウが紹介されています。
本書が強調する「90%ルール」とPdMの機能要望選別
先ほども少し触れましたが、本書で有名なのが「90%ルール」。
これは、「自分が“これはぜひやりたい、やる価値がある”と感じるものが満点の90点以上かどうか」で取捨選択を判断するという基準。多くの人が「80点ならやっておこうか」と考えがちですが、それが積み重なることで本質的な時間が奪われると指摘されています。
PMとしては、機能開発や施策を選ぶ際、この90%ルールを活用すると効果的です。
- 「この機能はユーザーにとって“なくてはならない”ものか?」
- 「この改善は事業成長を大きく左右するか?」
- 「この機能は最も使われる10%に入るか?」
- 「この分析は証明されたら多くの影響を与える仮説の証明につながるか?」
- 「その指標を新しく設定することで、本当に成果が上がるのか?」
などと問うだけで、優先度が曖昧な施策を削りやすくなるでしょう。結果的に、時間を最もインパクトの大きい領域に集中投下できるため、開発コストの最適化やユーザー満足度の向上につながります。
具体手法① 断り方の技術 – “Graceful No”を実践する
90点以外の仕事を断るということに気が引ける方も多いと思いますが、そんなときに使えるのが本書で紹介されている「上手な断り方(Graceful No)」です。
「ノー」と言うことに抵抗がある人も多いですが、エッセンシャル思考では相手との関係を保ちながら自分の時間を守るためのテクニックを提示します。その要点は以下の通りです。
- まずは依頼内容と目的を正確に確認する。
- 本質的でないと判断したら、「今は他の最優先課題に集中しているため難しい」と明確に伝える。
- 相手を突き放すのではなく、代替策や別の担当者を紹介するなど、フォローを加える。
PMの場合、ステークホルダーから寄せられる要望が膨大ですべてには応えきれない時などにGraceful Noを使い、「プロダクトの長期方針や最大のインパクトを狙う施策を優先しているので、今回は申し訳ないが対応できない」と率直に説明する。そして「ただ、○○の部分であればCSチームがすでに別案を持っているかもしれない」など、相手にとって建設的な代案を示すのがコツです。
具体手法② 実行フェーズを加速する“Flow”づくり
エッセンシャル思考の実践において、「Execute(実行)」のフェーズで著者が力説するのが「いかに流れ(Flow)を遮らず、一気にやりきるか」という観点。重要なタスクであればあるほど、中断や邪魔が入るたびに集中力が途切れ、作業効率が下がります。これを防ぐための方法をいくつか列挙します。
- あらかじめ集中する時間帯をカレンダーでブロックし、他の会議や依頼を入れない
- 「定型化」や「自動化」できる仕事は先に仕組みを作り、意思決定の回数を減らす
- 大きな目標に向けて細かいステップを明確化し、達成感を積み重ねることでモチベーションを維持する
例えばPMがユーザーインタビューを実施する場合も、「週に○時間はインタビューの時間」と決めてしまい、スケジュールを先に確保すると効果的です。「入ってきた仕事の合間にインタビューしよう」ではなく、「インタビューこそが最優先だから、他のタスクを合間に回す」という発想。これにより、ユーザー理解が中途半端にならず、一貫した洞察を得やすくなります。
具体手法③ 組織レベルで「少数の優先事項」を共有する
本書では、個人レベルだけでなく組織全体がエッセンシャル思考に取り組むと、さらに大きな効果が得られると述べられています。たとえば、経営層が「今期はこの3つのプロジェクトが最優先」という方針を明確に打ち出し、それ以外の取り組みを“後回し”または“不採用”にする。これだけで、現場の混乱が減り、リソースを要に集中できるようになります。
個人的には「3つだけ頑張るなら何か?」と頑張ることの上限を3つに設定するのがおすすめです。
PMとしては、ロードマップ策定の段階で、あれもこれも詰め込もうとする代わりに、「今年のリリースで最もユーザーにインパクトを与える要件はどれか?」を突き詰める。機能を4つ以上盛り込むときは、あえて3つに絞れないか再考する姿勢がエッセンシャル思考の真髄。そのうえで、チームやステークホルダーに対し「なぜこれだけにフォーカスするのか」を丁寧に伝える。結果的に合意形成が取りやすくなり、開発の手戻りも少なくなるでしょう。
エッセンシャル思考が生む「深いユーザー理解」の価値
エッセンシャル思考を取り入れる最大のメリットは、言うまでもなく「本質的価値の最大化」です。PMの本質的価値は、ユーザーの潜在ニーズを発見し、それをプロダクトに反映し、事業成果を高めるところにあります。ところが日々の細かな業務に追われると、ユーザー理解に使う時間がどんどん後回しになるリスクが高まる。
僕自身、エッセンシャル思考を意識し始めてからは、顧客と対話する時間を最重要とおいた結果、「想定外の発見」や「機能改善の着想」を得やすくなりました。これにより、不要な機能開発を早い段階で止められるケースが増えたのも事実です。「いらない機能」がなぜ生まれるのか?を考える上でもエッセンシャル思考は大いに役立つはずです。

「捨てる」ことに伴う不安を乗り越えるには
また、本書を読んでいて、多くの読者が感じるのは「捨てるのは怖い」「大事なチャンスを逃すかもしれない」という不安です。著者はこれを「FOMO(Fear Of Missing Out)」と呼び、あれもこれも手に入れたいという欲求が、かえって成果を下げていると指摘します。
PMの場合も、「ユーザーの要望を断ったら機会損失では?」と考えがちです。しかし実際には、「全方位的に取り組む」ことが最も大きなリスクになりえます。あれもこれも開発してしまい、どれも中途半端に終わる。逆に本当に核心となる機能に注力すれば、ユーザーに確かな価値を提供でき、長期的には事業リターンが大きくなる可能性が高い。何を捨て、何に集中するかを明確化することで、不安以上の成果を得る。これがエッセンシャル思考の本質といえます。
エッセンシャル思考とイシュー度の高い課題の見極め
本サイトでも紹介している【要約】『イシューからはじめよ』とエッセンシャル思考は通ずる部分が多いです。両書ともに「何を取り組むかの見極め」が最大の勝負どころだと強調しています。「イシュー度の高い課題」=「解決すれば大きなインパクトがある課題」を見分けるためには、ユーザーインタビューやデータ分析など、定性・定量の両面でのリサーチが鍵を握る。そこを疎かにして多くの課題に手を出すよりも、厳選した課題にエネルギーを注ぐ方が圧倒的に成果が高い。

エッセンシャル思考はまさに、この「厳選する」姿勢を全ページを通じて支えています。PMであれば、「今、最も高いインパクトを出せる一手は何か?」を常に問い続け、その一手に全力で投資することが、最終的にはユーザーや事業に最大の価値をもたらすという考え方です。
組織の文化として根付かせるポイント
本書では、エッセンシャル思考を個人で完結させるのではなく、チームや組織の文化として昇華させると効果が何倍にもなると述べられています。例えばPMが以下のようなアクションを取ることで、周囲にも波及しやすくなるでしょう。
- ロードマップを可視化し、「今年やるべきこと」「来年に回すこと」をチーム全員と共有する。
- 不要な会議を思い切って削減し、週1回の集中時間を確保できるよう提案する。
- ステークホルダーに対しても、「今期最優先はAとBだけです」と明確に宣言し、それ以外は次期に回す決断をサポートする。
こうした取り組みは一朝一夕には浸透しませんが、PdMが率先してエッセンシャル思考を体現し、成果を出すことで周囲の認識も変わり始めます。事例として、本書で紹介されている企業の多くが「組織レベルで“少数の優先事項”に絞った結果、イノベーションや成長速度が格段に上がった」とレポートされています。
参考情報
- グレッグ・マキューン (2014). 『エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする』. かんき出版.
- McKeown, G. (2014). Essentialism: The Disciplined Pursuit of Less. Crown Business.
- Newport, C. (2016). Deep Work: Rules for Focused Success in a Distracted World. Grand Central Publishing.
- 日本経済新聞. (2021). 「生産性向上のカギはタスクの断捨離にあり」. 経営研究レポート.
- 【要約】『イシューからはじめよ』 – プロダクトマネージャーが圧倒的成果を生むために必要な「イシュー度の高い課題」を見極める方法
- 「いらない機能」がなぜ生まれるのか?そして、我々はどうすれば良いのか?
- ユーザーインタビュー前に「筋の良い仮説」をチームで設定する具体的な方法やフレーム
- ユーザーインタビューの目的・設計・やり方・分析まで完全ガイド
今日から実践できるアクション
1. 全タスクを棚卸しし、「90%ルール」で仕分ける
まずは自分が抱えている仕事をすべて書き出し、「これは絶対に外せない」「まあ60~80点くらい」と感じるものを区別します。後者に属するものはできるだけ断る方向で検討することがエッセンシャル思考の肝です。
2. “Graceful No”のテンプレを準備し、断るハードルを下げる
「申し訳ありませんが、現在は○○に注力するフェーズのため対応が難しいです。代わりに△△に問い合わせることをおすすめします」など、相手をフォローしつつ自分の時間を守る文章を作っておくと実践しやすいです。
3. ユーザー理解の時間を最優先でブロックする
PMの価値はユーザー視点の深掘りにあるので、週に何時間か「インタビューやログ分析に専念する時間」をカレンダーに組み込み、他の会議や依頼をシャットアウトします。ここを徹底すれば成果物の質が圧倒的に変わります。
Q&A
Q1. エッセンシャル思考を導入すると、他部署や上司との衝突が起きないか心配です。
A1. 重要なのは「断る」だけでなく、「なぜ断るのか」「どんな価値を優先しているのか」を丁寧に説明することです。共通のゴールを示し、相手の目的も確認したうえで代替案を出せば、ただの拒絶とは受け取られにくいです。
Q2. すべての仕事が大事に思えてしまうのですが、何か良い方法はありますか?
A2. 本書では、明確なミッションやビジョンを持たないと、どれも重要に見えてしまうと指摘されています。まずは「PdMとしての大目標」を確認し、そのゴールに紐づくかどうかを基準に判断すると、優先度が見えやすくなります。
Q3. エッセンシャル思考が行きすぎて、必要な雑務まで削ってしまわないでしょうか?
A3. エッセンシャル思考は「不要なものをすべて切れ」と極端に言っているわけではありません。必要最低限の雑務は当然こなす必要があります。ただし「やらなくて良い余計な雑務」を減らし、空いた時間を本質的な業務に投下するのが狙いです。
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