プロダクト成長に指標設定は必要ですが、気づいたら数10の指標を追いかけて疲弊していないでしょうか?
僕自身マーケ出身の影響もあって、数値管理やデータ分析を積極的に取り入れるスタンスできました。ただ、チームとして重要な数値をモニタリングし始めると「これも大事」「あれも見ておこう」という流れになりがち。
結果的に指標がどんどん肥大化し、チーム全員が何を優先して改善すれば良いか混乱してしまう場面も。そこで必要なのが「指標を増やしすぎるリスク」を考え直し、必要最小限の数値に集中すること。
本記事では、なぜ指標が増えすぎるとプロダクトグロースを阻害し得るのかのメカニズムと具体的な対策を解説します。
なぜ指標が肥大化するのか?
プロダクト開発においては「データドリブンな意思決定をしよう」という風潮が高まり、KGI・KPI・OKRなどのフレームワークも広く普及しました。さらにデータ分析のツール進化に伴い、取得できる行動ログやモニタリング指標は飛躍的に増加しています。
結果、以下のようなマインドになりがちです。
- 「せっかくだから測れるものは全部測っておこう」
- 「せっかく計測したなら週次レポートに入れよう」
- 「Lookerであれもダッシュボード化しておいてよ」
問題は、ここにさらに
- エンゲージメントの指標
- NPS(ネットプロモータースコア)
- ユーザー属性別のリテンション曲線
などを追加すると、本当に注力すべき数値がどれかがぼやけてしまう点です。チームメンバーはそれぞれの指標に引っ張られ、優先度や意思決定に一貫性がなくなります。
このように多くの要素を数値化すると、それらを“すべて平等に管理”しようとして疲弊するのが現実。そこに気づけないまま、指標の洪水に溺れるチームは珍しくないのです。
個人的には、指標を増やすのはめっっちゃくちゃに嫌いです。
指標過多がもたらす弊害
では、指標が増えすぎると具体的にどんな問題が起こるのか。ここでは3つの典型例を挙げます。
- 優先度が見えなくなる
全ての数値が「重要」に見えてしまうと、開発リソースや施策の焦点がぼやけます。ある指標を伸ばしたくて機能Aを強化しようとする一方、別の指標を気にするチームは機能Bを改善したいというように、方向性がバラバラになるケースが多いです。
結果的にどれも中途半端なアップデートに終わり、ユーザーへのインパクトも薄れる事態に陥りがちです。
- 本質的な価値を見失う
KPIを達成すること自体が目的化し、ユーザーが求める“本当の価値”を見失うリスクも高まります。たとえば“登録数”を追いかけすぎるあまり、既存ユーザー体験の向上がおろそかになることがある。
「指標が上がっているのに解約率が下がらない」「DAUは増えたけど、エンゲージメントは低迷」という矛盾した状況にも陥りやすいです。
- チームがデータ疲れを起こす
多数のダッシュボードや週次レポートを見せられても、メンバーはどこに注目すればいいか分からない。長大な数値リストを毎週チェックするだけでエネルギーを消耗し、「この数値って誰が何のために追っているのだろう?」という疑問を抱きがち。
データドリブンがスローガンになると、逆に一部のメンバーはデータを避けるようになり、意思決定が属人的になってしまう場面も見受けられます。
必要最小限の指標を選ぶ方法
指標が多すぎると行き詰まるのは分かったとして、「じゃあ、どの数値に絞ればいいのか」という問いが生まれるはずです。ここでは、必要最小限の指標を選ぶための考え方を整理します。
1) 成功を定義する
まずは「プロダクトが成功している状態」を具体的に言葉にするところから始めます。
たとえば以下のようなイメージ
- SaaSプロダクトなら「ユーザーが継続利用して課金し、顧客ロイヤルティが高まる状態」
- ECサイトなら「リピート購入率が高い状態」
ここで大事なのは以下2点
- 数字の前に言葉でゴールを描くこと
- チームの誰に聞いても同じ言葉(ゴール)が返ってくる状態までその言葉を浸透させること
そのうえで、
- ゴールに直結する指標を2〜3個
- 補完的に見る指標を1〜2個程度
に絞るのがおすすめです(できることなら1つに絞りたいです)。
2) トラクション指標とバニティ指標を区別する
トラクション指標とは、プロダクトの成長や価値創出と直結する数値を指します。
- SaaSならMRR(Monthly Recurring Revenue)やチャーン率
- B2CアプリならDAUやリテンション率
などが典型例。
一方でバニティ指標は、一見大事そうに見えても、実際のビジネス成果やユーザー満足に大きく影響しない数値のこと。
- SNSのフォロワー数
- プレスリリースのPV数
などが該当する場合が多いです。
この区別を明確にすることで、本質的な指標と、参考程度の指標が自然に仕分けられます(参考: エリック・リース『リーン・スタートアップ』)。
3) ユーザーインタビューで裏付けを取る
そして何よりも、「数字だけに頼らない」姿勢が鍵。
指標を大幅に削るときは、ユーザーインタビューやヒアリングの結果を根拠にするとチームが納得しやすい。たとえば多くのユーザーが「A機能が核心的価値」と語るなら、その機能を表す指標を核心に据えられます。
特に現場のリアルな声を拾う際は、ユーザーインタビューの目的・設計・やり方・分析まで完全ガイドを参照しつつ、定性データを上手に活用すると良いです。

4) チーム合意を得る
最後はチーム内で「この指標こそ命綱」という合意形成が大切。OKRを使っているならKRを2〜3つに絞る勇気が必要です。
「本当に外せないか?」を検証するために、仮説設定のフレームワークも役立ちます。毎クオーターや月次で振り返り、不要になった指標を柔軟に削除していく姿勢を持つのがおすすめです。

指標を削る際のチェックリスト
いざ指標を削ろうとすると、「本当にこれ抜いていいのかな…」と不安が募りがち。そこで、指標削除を検討するときの具体的なチェックリストを挙げます。
- ① 行動変容につながるか?
その指標を見て、具体的なアクションをチームは起こせているか。
何も変わらないのであれば削除。 - ② 似た指標はないか?
同様の動きを示す指標がほかにあるなら、両方を追う必要性を再確認。 - ③ 1〜2ヶ月見ても変動がほぼないか?
一定期間追跡しても大きな変化がない指標は効果測定に活きにくい。 - ④ 予測や意思決定に役立つか?
未来の施策アイデアやリスク予測に寄与する指標かどうか。
この4点を満たさない指標は、思い切ってモニタリング対象から外していい可能性が高いです。削除への不安があっても、それはダッシュボードから1回外してしまいしょう。本当に必要ならまた戻しますがあんまりそんなケースはないイメージです。
海外事例:Slackが指標を絞り込み成功した背景
実在の事例として、SlackがDAUよりも有料転換率とエンゲージメント深度を重要視していたのは有名です。創業初期はMAU(Monthly Active Users)や単純なアカウント数など多くの数字を追っていましたが、実際に顧客がコア機能を使いこなすまでのオンボーディングと、有料プランへの転換が最大の価値創出源だと気づきました。
Slackの初期従業員がカンファレンスで明かした話によると、あえてメンバー全員が見ていたダッシュボードから「SNSフォロワー数」「PRの露出数」などを除き、有料転換率やチーム内メッセージ数などにフォーカスしたそうです[1]。
その結果、チームのリソースを「どれだけ素早くコアなコミュニケーション体験に到達させるか」に集中でき、ユーザーの定着と拡大がスパイラル的に進んだと報告されています。指標を厳選し、全員が同じ目線で施策を打てたことが成長速度を加速させた好例です。
指標が少ないと見落としが増えないか?という懸念への対応
指標を絞ろうとすると、メンバーから「見落としが増えるのでは?」という声も聞こえてきます。確かに数を減らすと、何か異変が起きた際に早期発見しにくくなるリスクはゼロではありません。
ただ、僕の経験上、本当に大事な指標に集中していれば、新たな異常値やバグが起こった際にも、ユーザーヒアリングや追加ログ分析でフォローできるケースが多いです。すべての可能性を先回りして網羅しようとすると、かえって施策スピードが落ちてしまいます。
「保険的に測る指標はあるけれど、普段はメインダッシュボードに載せない」という運用も選択肢です。いざというとき、そのサブ指標を呼び出して深掘りすれば十分です。定性面と定量面を組み合わせて問題を捉える手法については、ログ分析→ユーザーインタビューの流れで、「本当に解くべき課題」を明確にするでも詳しく解説していますので、参考にしてみてください。

指標選びがプロダクトの未来を決める
指標はプロダクトの“コンパス”になり得る一方、多すぎるとチームを迷走させる“ノイズ”にもなります。必要最小限の数字に絞ってみると、不思議なくらい施策や開発の集中度が高まり、プロダクトグロースが加速することを実感できます。
数値を厳選するためには、顧客インタビューによる真のニーズ把握や、データ分析に基づいたトラクション指標の選定など、少し時間と対話が必要になるかもしれません。でも、その手間こそが混乱を防ぎ、チーム全員が同じゴールに向かうための土台になるのです。
「不要な指標を外すのが怖い」という心理はよく分かりますが、指標を“1つ削る”ごとに施策の精度とスピードが上がるイメージを持つといいです。変化の芽を見逃さないために、日頃の小規模リサーチやサブ指標も活用しつつ、あくまでメインダッシュボードは絞り込むのがベストプラクティスといえます。
今日から実践できるアクション
- 主要指標の“棚卸し”をする
現在追っている指標を全てリストアップし、それぞれ何のために必要なのかを1行で言語化してみます。 - トラクション指標とバニティ指標に分ける
それぞれの指標が、ユーザーにとっての価値やビジネス成果に直結しているかどうかを検討し、不要そうなものをチェック。 - サブ指標を扱うルールを決める
本番レポートには載せず、必要なときだけ確認する“隠し指標”として定義し、チームと合意を取ります。 - ユーザーインタビューと合わせる
減らす判断が難しい場合、インタビューで裏付けを取り、指標の重要度を確認。「なぜこの数値が大事か」をユーザー側視点で探る。 - 定期的に指標を見直す会議を設定
毎月や四半期に一度、指標を再確認して時代遅れになっていないか、重複していないかを点検し続けます。
Q&A
- Q. 指標を3つに絞ろうとしたら経営層から「網羅的に測りたい」と言われました。
- A. 「測る」という行為自体は止めずに、ダッシュボードや週次レポートでメインに扱う指標を限定する形を提案してみると良いです。サブ指標は必要に応じて参照する運用なら、網羅を維持しつつ運用コストを下げられます。
- Q. どうしても捨てられない指標が多いです…
- A. まずは3〜5個の最重要指標を設定し、それ以外は“参考指標”として区別してください。参考指標は通常のレポートには掲載しない運用にすることで、優先順位をハッキリさせられます。必要に応じて参照すればOKです。
- Q. 新しい指標を追加する許可が取れず、メンバーから不満が出ています。
- A. チームが納得できるよう、仮説と検証手法を明示してから追加を検討すると良いです。たとえば「この指標でどんな施策を検討するか」を明確にすれば、追加へのハードルが下がります。そうしないと、闇雲に増える恐れがあります。
- Q. 国内外の事例だと、どれくらい指標を絞っている企業が多いのですか?
- A. 成長企業ほど、主要指標を2〜3つにフォーカスしている印象があります。Slackの例や、Airbnbが初期段階で「予約数」と「リスティング数」に注力したケースなどが代表的。周辺指標は見つつも、チームが日々の施策で注目する指標は極力絞る例が多いです。
参考情報
- Eric Ries (2011). The Lean Startup. Crown Business.
- Alexander Osterwalder & Yves Pigneur (2010). Business Model Generation. John Wiley & Sons.
- Slack初期メンバーによるインタビュー: “We Chose the Right KPI to Scale Slack” (TechCrunch Disrupt, 2015)
- ログ分析→ユーザーインタビューの流れで、「本当に解くべき課題」を明確にする
- ユーザーインタビュー前に「筋の良い仮説」をチームで設定する具体的な方法やフレーム
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