突然ですが、僕自身プロダクトマネージャー業務をしたり、過去のマーケター業務を振り返ると、「単なるデータや要望ではなく、“インサイト”をいかに正しく捉えるか」がプロダクトの方向性を左右すると強く実感しています。
いくら顧客の声を集めても、表層にある「操作性が悪い」「機能が足りない」などといった意見をそのまま受け取るだけでは、本当の課題を見誤るリスクが高まります。
そこで本記事では、「そもそもインサイトとは何か」という基本から、「どのように発掘し、定義し、活用すれば良いのか」を深堀りします。
そもそも、「インサイト」とは何か?
著名なマーケティング学者であるフィリップ・コトラーとケビン・ケラーは、インサイトについて以下のように述べています
「インサイトとは、消費者の潜在的なモチベーションやニーズを深く理解するための洞察力である」[1]。
これは、ユーザーが抱える課題や欲求の“根っこ”を捉え、そこから見えてくる真の気づきと言い換えてもよいでしょう。
たとえば「画面が見にくいから色を変えてほしい」という要望が上がったとき、それ自体はあくまで表層的な声です。インサイトはその背後にある「いつも使っているプロダクトと同じように利用したい(新しいことなんて一切学習したくない)」などかもしれません。もし僕たちが表層の要望だけを鵜呑みにしてしまうと、不必要な機能を追加し、結果としてユーザーに価値を届けられない状態に陥るかもしれません。
よく比較対象に挙がるものとして、「ファクト(事実)」「機能要望」「ユーザーの生の声」などがあります。これらは顕在化した情報であり、インサイトは潜在的な思考や動機を探る点で一段深いレイヤーに位置します。
表層から一歩踏み込み、ユーザーの本質的欲求を把握する。これがインサイトの正しい捉え方だと僕は考えます。
有名サービスに見る“インサイト”の事例
インサイトは少し抽象的に聞こえるかもしれません。そこで、いくつかの有名サービスが「どのような隠れた動機を捉えたか」を見ていきます。深いインサイトを定義するイメージをつかみやすくなるはずです。
Netflixの「瞬間離脱リスク」と“続きが気になる”設計
世界的に有名な動画配信サービスのNetflixは、ユーザーが「せっかく登録しても、すぐ観たい番組がなくて退会してしまう」という瞬間離脱リスクを抱えていることを早期に認識していました。表面的な調査だけなら「コンテンツがつまらない」「料金が高い」などの意見で終わります。しかし、Netflixはさらに踏み込んで、「退会したくなる瞬間とは具体的にどんな状況か」を調査しました。
その結果、深夜にスキマ時間でドラマを観ようとしたユーザーが、続きが気になるところで引き延ばし要素がないと翌日にモチベーションが下がるというインサイトを得ました。これをもとに、自動再生機能やレコメンドの充実を図り、ユーザーに常に「続きが気になる」「次の候補が明確」という体験を提供。これが離脱率を下げ、長期的な視聴習慣を作る大きな要因になっています。
Hastings, R., & Meyer, E. (2020). No Rules Rules: Netflix and the Culture of Reinvention. Penguin Press.
スターバックスの「第三の場所」コンセプト
スターバックスは、ただ「コーヒーを飲む場所が足りない」という顕在化した声を拾うのではなく、「自宅やオフィスに次ぐ、居心地のいい第三の場所を求める」というユーザー心理に注目しました。例えば「仕事の合間にリフレッシュしたいが、ファストフード店は雑然として落ち着かない」「自宅は近くないし、オフィスに戻りたくない」という潜在的な欲求を発見したのです。
このインサイトをもとに、ゆったりしたソファ席や無料Wi-Fi、コンセントの設置などを積極的に導入。結果としてスタバは「単なるコーヒー提供の場」ではなく、「くつろぎながら作業できる場所」という新たな価値を確立し、カフェ文化そのものを変革しました。
Schultz, H., & Yang, R. (1997). Pour Your Heart Into It: How Starbucks Built a Company One Cup at a Time. Hyperion.
Amazonの“購入までの敷居”を徹底的に下げるインサイト
ECの代表格であるAmazonは初期から、ユーザーが「買いたい商品を決めた後も色々入力させられると面倒」という不満を強く抱えていることを突き止めました。表面的に「カートが使いにくい」「支払い方法がわかりづらい」という要望だけではなく、「ユーザーは何よりも『面倒くささ』を嫌う」という深層心理に着目したのです。
このインサイトを基に、ワンクリック購入機能や膨大なレコメンドアルゴリズムを整備。関連商品を簡単に見つけられ、支払いまで最小ステップで進める設計にこだわることで、ユーザー体験の離脱要因を最小限に留めています。
これらの事例はいずれも、ユーザーが口にした表面的要望だけでなく、背景にあるモチベーションや心理的抵抗を突き止めたことで大きな差別化と成長を実現している点が共通しています。逆にいえば、表面的な声にだけ引っ張られると機能追加を繰り返して複雑になり、ユーザーから「わかりにくい」と言われかねません。深いインサイトこそが、ユーザーとの本質的な接点を築く鍵なのです。
Stone, B. (2013). The Everything Store: Jeff Bezos and the Age of Amazon. Little, Brown and Company.
なぜ、インサイトが重要なのか?
インサイトは、プロダクトの方向性を決定する“羅針盤”です。
表面的な要望をただ解決するだけの対応は、早い段階では成果が出ても、やがて行き詰まるリスクがあります。実際、Harvard Business Reviewでも、ユーザーが「本当に求めている価値」を理解しないまま機能を追加し続けると、開発リソースの浪費や複雑化を招くと指摘されています[2]。
また、インサイトの欠如は社内外の合意形成にも影響を与えます。例えば、経営層に対して開発リソースの投下を説明するときに、ただ「UIを変えます」だけでは納得を得られにくいです。しかし「導入前ユーザーのxxxxxという心理的障壁を解消するためのUI改善が必要」というインサイトを提示すれば、より高い説得力で開発予算を獲得できます。
課題をつかみ、その理由まで説得力あるストーリーで示す──これがインサイトの強みと言えます。
どうやってインサイトを見つけて定義するのか?
インサイトを発掘する際、やることは他の調査と同じで定性調査と定量データの組み合わせです。
- 数値データだけでは捉えきれない“なぜ”を対話で確かめ、
- 対話で得られた気づきを数値で裏付ける
これが不可欠です[1]。
では、具体的にはどんなステップで進めるか?
①「インタビュー前の仮説設計」で軸をブレさせない
インサイトを見つけたいなら、いきなりユーザーに話を聞くより先に「どのような仮説を検証したいか」を整理しましょう。
仮説が曖昧だと、たくさんの声を集めても「だから何だっけ?」の状態になりがち。こちらの記事で、チームで筋の良い仮説を事前に設定するポイントやプロセスを解説しています。

②グランデッド・セオリー・アプローチ(GTA)など質的データ分析手法活用する
インタビューした内容をテキスト化し、細かく“コード化”してカテゴリー分けする。抽象的だったユーザーの声から隠れたパターンや共通要素を見つけ出す。このグランデッド・セオリー・アプローチがインサイトを深堀りする定性分析の強力な手段です。詳しくは以下にまとめています。

また、GTA以外にも集めたファクトをもとに以下のような質的データ分析手法も有効です。
- KJ法
- 上位下位分析

ここで全てを説明していると文字数ば莫大になるので詳しくは上記の記事を読んでいただきたいですが、僕がよく使うのはKJ法です。
具体的には、
- インタビューログをもとにユーザーの行動、事実、発言などを付箋(オンラインの場合はFigjamやmiroの付箋)にまとめる
- 似ている付箋同士をグループにする
- まとめたグループに名前をつける
- まとめた名前に違和感があるものがあればまとめ方や付箋の移し替えを行う
- さらにグループ同士を似ている群でグループにする
- そこにさらに名前をつける
- まとめた名前に違和感があるものがあればまとめ方や付箋の移し替えを行う
- これを繰り返す
というやり方。
これを本当はプロダクトチーム最大8人ほどで集まってやりたいです。なぜなら、ここでもポイントはまとめた結果もそうなんですが、それ以上にまとめる過程。各メンバーがファクトをどう解釈したか?どう推論するか?という過程や考え方が合わないと結果に納得できず、結果進みが遅くなります。
また、最近はインタビューログをchatGPTに渡してその結果をみながらメンバーからフィードバックを受けて、そのFBを再度chatGPTに入れてまとめ直して、というプロセスを経ることが多いです。

③ログ分析や行動データと突合する
「ユーザーが導入プロセスで強い不安を抱えている」というインタビュー結果があれば、オンボーディング時の離脱率と照らし合わましょう。
ここで“定性の気づき”と“定量の裏付け”が合致すれば、インサイトとしての信ぴょう性が一気に高まります。
ログ分析の具体的な活用については、ログ分析→ユーザーインタビューの流れで、「本当に解くべき課題」を明確にするを参照してください。
②まででインサイトの仮説を作成して、③でそれを定量的に確認するイメージです。

インサイトはどう使えばいいのか?
インサイトを発掘して終わりではありません。「どう伝え、どう施策に落とし込むか」こそが重要。僕が特に注目するのは、施策立案とストーリーテリングの2点です。
施策立案の優先度を左右する要素
インサイトは施策の優先度決めに大きく影響します。たとえば「導入時の不安」が根本課題とわかったなら、「初期サポート強化」「プロダクトチュートリアルの整備」などが真っ先に改善候補として上がるでしょう。
これに定量データを加味すれば、経営層への説明もしやすくなります。「導入フェーズでの離脱率が30%あるが、インタビューから不安が原因と推測。だからこそ、ここへの開発リソース投下が優先度高い」という流れです。
※本当はもっとインサイトを掘るべきですがわかりやすさのために簡単にしています
組織を巻き込むストーリーテリング
インサイトをドキュメントで共有するときは、数字やグラフだけでなくユーザーの実際の声や具体的なシーンを示すと社内外で理解が深まります。IDEOのデザイン思考でも強調されていますが、「エピソードを通じて課題を伝える」ことでチームメンバーが共感しやすくなり、施策実行への意欲も高まります[3]。
より実践的な見せ方については経営層・上司・メンバーを動かすユーザーインタビュー結果の見せ方・使い方が参考になるはずです。

インサイト発掘時によくある失敗と対策
次に、インサイト発掘であるあるな失敗3つとその対策を紹介します。
単なる“要望”をインサイトだと誤解する
ユーザーが「UIが使いづらい」「機能を増やしてほしい」と言った場合、それをそのまま鵜呑みにしてしまうと、ズレた施策を実行するリスクがあります。
対策
鵜呑みにせず、以下をインタビューとその後の質的データ分析の中で深堀りする
- 「なぜそう感じたのか?」 x しつこいくらいの回数
- ただし、「なぜ?」連続は尋問になるので聞き方は工夫しましょう
- 「その問題に直面した直近のケースでは具体的にどうしたのか?」
- 「その問題が解決されないと何が発生するのか?実際に今は解決のためにどれほどのコストを払っているのか?」
例えば「業界1位のサービスを既に導入していて、最高のUXUIとかどうでもいいから、普段慣れているものに完全にUIを合わせて欲しい( = 忙しいんだから学習なんてさせるなよ)」「上司から命令されているだけで、そもそも従業員満足度の測定なんてクソ喰らえと思っている」など、綺麗じゃない、血生臭く、体重が乗った心理的背景を理解することが大切です。具体的な質問設計のコツはこちらもご覧ください。

インタビューでバイアスを排除できず、誤った結論に至る
誘導尋問や回答バイアスによって、事実が歪んで伝わるケースがあります。特に知り合い経由でインタビューをするときは要注意。
ユーザーは往々にして、気を遣ってくれるか、望ましさバイアスなどによって自分を演じたりするものです。
対策:
- リクルーティング対象を分散させましょう
- ユーザーインタビューで起こるバイアスを理解して、それを避けるインタビュースクリプトを作成しましょう
- 質的データ分析の際に、PM以外の職種を入れてバイアスが入っていないか?を確認しましょう

インサイトを裏付けるデータ検証が不十分
定性調査で見いだしたインサイトがどれだけ広範なユーザー層に当てはまるのか。これを確認せずに社内共有すると、「本当に多数のユーザーが悩んでいるの?」と突っ込まれるかもしれません。
対策:
- 発見したインサイトを定量で検証する分析設計/実行をして、ログ分析で裏付けをしましょう
- さらに、実際にインサイトをもとに小さく施策をリリースして、効果検証でも定量指標を確認しましょう。施策実行後に再度インタビューを行うと、インサイトの変遷も追いやすくなります。
今日から実践できるアクション
- 1. インタビュー前の目的と仮説を明確化する
「どのようなインサイトを得たいか」をチームで共有するだけでも、質問設計が変わります。 - 2. インタビュー後は必ずテキスト化し、コード化する
話を聞いた直後に文字起こしを行い、印象的な発言にハイライトを入れてグルーピングする。 - 3. ログやKPIと整合するかをチェック
「導入プロセスでの離脱」が課題なら、実際にどれほどのユーザーが離脱しているかデータを見る。 - 4. インサイトを施策候補に紐づけ、優先度を検討する
RICEなどのフレームワークで評価し、施策実行後にもう一度ユーザーの声を集めると検証がしやすい。
Q&A
Q1: ユーザーが口にする「UIが悪い」や「機能が足りない」を直接改善するのはダメなのか?
A1: ダメとは言い切れませんが、そのまま鵜呑みにするのは危険です。裏に隠れた意図やシーンを把握しないと本質を見落とす可能性があります。
要望とあわせて「なぜそう感じるのか」を深堀りするのが肝要です。
Q2: インサイトと「ペルソナ」や「JTBD(ジョブ理論)」の関係は?
A2: ペルソナやJTBDはユーザー像や解決すべきジョブを体系化するフレームワークです。その中に織り込まれる“隠れた動機”や“本質的課題”がインサイトにあたります。
参考: “ペルソナ”だけで終わらない。ジョブ理論(JTBD)と掛け合わせて実在する顧客を捉える方法
Q3: GTAなど本格的な分析手法を使うほどリソースがない場合は?
A3: まずはライトな「ポストイット整理」でもOKです。インタビュー後すぐに印象的な発言を書き出し、類似項目をグルーピングするだけでもインサイトの手がかりを得られます。時間的に厳しいなら、対象者を厳選して深く掘り下げるのも一案です。
参考情報
- [1] Kotler, P., & Keller, K. L. (2016). Marketing Management (15th Edition). Pearson.
- [2] Christensen, C. M., Hall, T., Dillon, K., & Duncan, D. S. (2016). “Know Your Customers’ ‘Jobs to Be Done.’” Harvard Business Review.
- [3] Brown, T. (2008). “Design Thinking.” Harvard Business Review.
- Glaser, B. & Strauss, A. (1967). The Discovery of Grounded Theory. Aldine Publishing.
- Nielsen Norman Group. (2020). “The 5 Steps of a User-Centered Design Process.” https://www.nngroup.com/articles/ucd-process/
- Maxwell, J. A. (2013). Qualitative Research Design: An Interactive Approach. SAGE Publications.
- Intercom. “How we prioritize: The RICE method.” https://www.intercom.com/blog/rice-simple-prioritization-for-product-managers/
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