日々使う“言葉”がプロダクトチーム文化を決める

プロダクト企画

僕は普段プロダクトマネージャーとして活動していますが、チーム内で何気なく使われる言葉がプロダクトの方向性や文化を大きく左右すると思っています。

  • ユーザーが”脳死”で使う
  • ドンブリ勘定
  • とりあえず

など、軽く使っている表現がチームの雰囲気やモチベーションに影響してしまう。
一方で、言葉を厳選し、ポジティブな価値観を共有することで、チーム全体の思考や行動までが良い方向へ変わる可能性があります。

本記事では、言語学や認知科学の知見を少し交えながら、プロダクトチームの中で使われる言葉を大事にする意義を深く掘り下げます。
「どういう言葉を慎重に扱うべきか?」「価値観を可視化する言葉づくりはどう進めるか?」といった具体的な方法を示しながら、今日からできる実践策を提案します。


なぜ“チーム内で使う言葉”がプロダクトに影響するのか

プロダクト開発は、複数の機能やロードマップを検討しながら進みますが、その根底にあるのがコミュニケーションです。
どんな機能も、最初は「こんな価値があるはず」「ユーザーはこう感じるはず」という言葉のやりとりから始まり、最終的に合意してリリースに至ります。
もし言葉がネガティブ過多だったり、無意識にユーザーを蔑視するような表現が混ざっていると、チーム全員の思考回路や価値判断に影響を及ぼしやすいです。

言語学にSapir-Whorf仮説(言語相対論)でというものがあるそうなのですが、そこには「使う言語が思考や認知の枠組みを規定する」という考え方があります。
厳密にこの仮説がどこまで当てはまるかは議論の余地がありますが、実際、チーム内の日常的な言葉が“当たり前の思考パターン”を作る現象はしばしば観察されます。

例えば「ユーザーが脳死で使う場面」とかの言葉は細かいですが、「それ、本当にユーザー目の前にしてその言葉使う?」という問いに対して自信を持って「yes」と言えるでしょうか?


「脳死」発言は何が問題か?言語が思考を誘導する

例えば、の続きになりますが、「脳死で作業/ユーザーが脳死で使うシーン」という表現をチームで何気なく使っていませんか?この言葉は確かに「頭を使わないで機械的に進める」という状態を表しているかもしれません。
しかし、それを“脳死”というセンシティブな言葉で雑に表すと、思考停止を肯定しているような雰囲気を醸成する危険があります。

実際、「脳死でやる」と常態化している組織は、“どうせ考えても変わらない”とか“作業なんてそんなものだ”という無意識の風潮を作ってしまう可能性が高いです。加えて、仮にユーザーの関係者に本当にそういった状態になっている人がいるということに想いを巡らせると、自然とそんな表現は使わなくなるはずです。

もし

  • “ユーザー理解”
  • “クリエイティブな発想”
  • “ユーザーファースト”

を求めるチームなのであれば、この言葉は深刻なブレーキ、もしくは誤った方向へのアクセスになり得ます。


よく使われがちな問題ワード一覧と悪影響

プロダクトチームや開発現場で、日常的に使われやすいけれど、気をつけたほうが良い言葉をリストアップしてみます。

  • 脳死:
    思考停止を肯定するような印象を与えるため、建設的な議論を遠ざける。
    そのような状態の人が世の中にいることを想像できていない、ユーザー理解以前に「世の中の理解」が浅い状態。
  • ドンブリ勘定:
    計画性や数値管理を軽視するイメージ。データドリブンを目指すチームには不向き。
  • 面倒くさい:
    課題解決意欲を下げ、ユーザー視点の改良や改善を避けるムードを生む。
  • 死にタスク:
    継続的なメンテナンスの必要性があるタスクも軽視されがちになる。モチベーションを下げる表現にも繋がる。
  • 適当・テキトー:
    良い意味の「柔軟さ」とは違い、結果責任を持たない曖昧さを助長する。
  • とりあえず:
    仮説検証を疎かにして、ユーザー視点を深く掘らずにリリースを急ぐ印象を与える。
  • ダメ元:
    試行錯誤を否定する表現ではないけれど、成功への意志が希薄に映ることがある。挑戦をネガティブに捉える可能性をはらむ。

他にも無限にあると思います。
これらを完全に禁止する必要はありませんが、使うときにどんな気持ちやニュアンスを発しているかを意識するだけでも、チームの雰囲気は大きく変わるはずです。

これらをコントロールできるのは、プロダクトチームをマネジメントするプロダクトオーナーです。


チームの「価値観」を言葉で可視化する意義

一方で、何を避けるかだけでなく「どんな言葉を積極的に使うべきか」を考えることで、チームの価値観をより強固にできます。
「ユーザーの声に応える」「仮説を立て、検証する」「学習し続ける」「良いチャレンジ」などの指針が言葉として共有されれば、その都度メンバーが思い出しやすくなります。

たとえば「面倒くさい」という言葉を排除し、代わりに「チャレンジだけど価値がある」と表現するだけで、話し合いのエネルギーがガラリと変わる場合があります。
“言葉が思考を方向づける”という言語学的視点から見ても、このような言い換えによってメンバーがポジティブな発想や意識を持ちやすくなるのです。


少しだけ学術的視点で、言葉がチーム文化を育む仕組みを解説

言葉がチームの文化や思考習慣に影響を与える背後には、社会言語学認知言語学の理論があります。
言語相対性仮説(Sapir-Whorf)やラベリング理論を引き合いに出すまでもなく、普段使う単語が思考をフィルターにかける作用は、日常会話でも感じられるはず。

プロダクトチームでは、議論やユーザーストーリーの策定など、言葉のやりとりが大半を占めます。
このときポジティブな言葉遣いが多いチームほど、失敗を許容しやすくイノベーションが起こりやすい(Edmondson, 1999 “Psychological Safety”の概念とも関連)という指摘もあります。
一方で「どうせ無理」「面倒くさい」といった表現が跋扈するチームは、新しい試みに腰が重くなる。


チームで「言葉のガイドライン」を作る流れ

ここでは、実際にチームで言葉のガイドラインを作るワークフローを紹介します。
導入するには多少の手間と合意形成が必要ですが、作り上げるとプロダクト開発の方向性が一貫しやすく、文化の礎にもなります。

大事にしたい価値観を3~5個に絞る

例えば

  • 「ユーザーを徹底的に理解する」
  • 「チャレンジを恐れず試す」
  • 「データに基づく意思決定を行う」

など、プロダクトの核となる価値観をチームで洗い出し、3~5個に絞る。
そこから逆算し、「どういう表現がそれを実現しやすいか」「逆にどんな表現がそれを阻害するか」をリスト化すると方向が定まります。

ネガティブ表現を排除+代替案の策定

先に挙げた“脳死”“面倒くさい”“とりあえず”“ドンブリ勘定”“死にタスク”など、チームでよく飛び交う単語をピックアップし、それを“どう言い換えるか”を話し合いましょう。
この段階でチームメンバーが理由を納得していれば、強制ではなく自発的に言葉を変え始めるはずです。


関連リンク


今日から実践できるアクション

  1. 代替フレーズを検討:
    「脳死→ルーティンタスク」「面倒→時間コストがかかるが有益」など、言い換え案をチームで話し合う。
  2. 3~5個の価値観を決め、その言葉を日常で使う:
    例:「ユーザーに寄り添う」「失敗を許容し、学習する」「データで会話する」。このフレーズを議論で意図的に用いる。
  3. “言葉のガイドライン”を可視化:
    NotionやConfluence、Slackの固定投稿などで一覧化し、新メンバーにも共有。
  4. 定期的にフィードバック:
    面白い発言や不適切な表現が出たら軽く指摘し、みんなで習慣づける。強制ではなく合意形成を重視。

Q&A

Q1. ネガティブな言葉を一切使わないのは不自然ではありませんか?
A. 本質は“禁止”より“価値観を見失わない言葉遣い”を目指すことです。例えば「面倒くさい」と言いたいときも、「ここに工数がかかる」と事実ベースで説明し、チームでリターンとのバランスを議論できる表現にするのが理想です。

Q2. 普段使わない言葉を無理に入れると、逆に表面的になりませんか?
A. 確かに行動が伴わなければ“言葉だけ”の飾りに終わります。ただ、日常で言い換えを意識するだけでも、思考や態度が微妙に変わるという研究結果(Lupyan, 2012)もあります。実践を続けていくと、その言葉に合った行動が自然と育っていくことが多いです。

Q3. チームは若い人が多く、スラングやネタ表現が多くて、注意すると萎縮しそうです。
A. 完全に排除する必要はありませんが、“ネタ”が特定の人を傷つけたり、思考停止を招いたりしないかが判断基準です。言葉を変えるのはあくまでチームの成長のため。背景を丁寧に説明し、「こういう意図で変えていきたい」と合意を得ることで反発を抑えられます。


参考情報

  • Sapir, E. (1929). “The Status of Linguistics as a Science.” Language.
  • Whorf, B. L. (1956). Language, Thought, and Reality. MIT Press.
  • Lupyan, G. (2012). “Linguistically modulated perception and cognition: The label-feedback hypothesis.” Frontiers in Psychology.
  • Edmondson, A. (1999). “Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams.” Administrative Science Quarterly.
  • Atkinson, D. (2004). Language Socialization. In: Sociolinguistics (Cambridge University Press).

コメント

タイトルとURLをコピーしました