この記事の要約
- PdMが陥る「正論の罠」。正しい仕様や納期を主張するほど、チームとの心理的距離が開き、パフォーマンスが低下する「怖いPdM」問題。
- 論理による「詰み」の誘導、対面やテキストでの「鋭利な言葉選び」、そして「未熟なアイデアを即座に潰す」態度が、メンバーの心を閉ざす可能性がある
- 「クッション言葉の魔術」「WhyからWhatへの転換」などで改善を試みる
プロダクトマネージャー(PdM)の仕事は、時に孤独な闘い。
ユーザーのために最高のプロダクトを届けたい。その一心で仕様を詰め、バグを指摘し、納期を守ろうと奔走する。
けれど、ふとした瞬間にチーム内のPdMや他職種のメンバーの表情が曇るのを感じたことはないでしょうか?あるいは、Slackでの返信が妙に短く、事務的になっていることに気づき、胸がざわついたことはないでしょうか。
「〇〇さんの言ってることは正しいんですけどね……」
この言葉の裏にある「でも、あなたとは仕事がしにくい」という無言のメッセージ。
僕自身、この課題を感じたことがあり、この辺りの問題も継続的に改善を試みています。
この記事では教科書的なリーダーシップではなく、「一生懸命なだけなのに、なぜかチームとうまくいかない」と悩むPdMやリーダーシップを発揮すべき職種の方々に向けて、僕が現在進行形で学び実践している「人を動かす心理学」と「現場で使えるコミュニケーション技術」を共有します。
なぜ、一生懸命なPdMが「怖い」と言われてしまうのか?
正論ハラスメント
PdMという職種は、役割上”指摘する側”に回ることが多くなります。
- 他のPdMに対して思考や行動の基準を伝える
- 仕様の考慮漏れを指摘する
- スケジュールの遅延に対してリカバリーを求める
- 実装された機能が要件と違うと伝える
これらはプロダクトの品質を守るために必要な行為です。しかし、ここに大きな落とし穴があります。
僕たちは無意識のうちに「自分はプロダクト(=正義)の代弁者である」という免罪符を持ってしまっていないでしょうか?
「ユーザーのために」「事業のための」「成果のために」という大義名分があれば、多少厳しい言い方をしても許される。論理的に正しければ、相手は納得するはずだ。僕自身、そう思い込んでいた時期もありました。
でも、人間は感情の生き物です。どんなに正しい指摘でも、言い方や表情、関係性で”攻撃”と受け取られます。特に、PdMのような「仕様を決める権限」を持つ人間からの言葉は、本人が思っている以上に重く、鋭く、相手に突き刺さるのです。
人を扱うときは、論理の動物を扱っているのではなく、感情の動物を扱っている
『人を動かす』(D・カーネギー)
「怖い」の正体とは?論理で人を追い詰める「無自覚な攻撃」
では、具体的にどのようなコミュニケーションが「怖い」と感じさせるのでしょうか。大声で怒鳴るわけでも、机を叩くわけでもありません(流石にそんなにわかりやすくダメなことをしているPdMはいないと思います)。PdMが陥りやすい「怖さ」は、もっと静的で、複合的なものだと思っています。
論理誘導(ロジカル・インダクション)による「詰み」の演出
自覚しにくく、しかし最も相手を追い詰めるパターン。あなたは、会議でこんな話し方をしていないでしょうか。
「Aという仕様で合意しましたよね?」
「はい」
「今の実装はBになっていますよね?」
「はい」
「AとBは矛盾しますよね?」
「……はい」
「じゃあ、なぜBになっているんでしょうか?」
これは対話ではなく、「論理による裁判」です。相手に「はい」と言わせ続け、最後に逃げ場をなくしてとどめを刺す。PdMにとっては「事実確認」のつもりでも、エンジニアや他のPdMにとっては「公開処刑」に近いストレスを与えます。
以前記事にした“Why地獄”から脱出:ユーザーインタビューでの「なぜなぜ尋問」からリカバリーする27の質問パターンでも触れましたが、「なぜ?」の連打は、開発現場においても相手を委縮させる最強の武器になってしまうのです。

言葉選びとトーンの「鋭利さ」
テキストコミュニケーションだけではなく、Zoom等のオンラインミーティングや対面での会話において、以下のような態度をとっていないでしょうか。
- 言葉のナイフ:「普通に考えて」「それ意味あります?」「解像度低くないですか?」といった、相手の知性を軽視するようなフレーズ。
- 声のトーン: 相手の発言に対して、食い気味に「いや、」と否定から入る。あるいは、納得がいかない時に無言で真顔になる。
特に論理的思考が得意なPdMほど、無駄を省いたストレートな表現を好みますが、日々使う“言葉”がプロダクトチーム文化を決めるのです。鋭利すぎる言葉は、「冷徹さ」として伝わり、周囲を萎縮させます。

壁打ちにおける「未完成なアイデア」への不寛容
「ちょっと相談いいですか?」とメンバーがアイデアを持ってきた時。まだ荒削りなその案に対して、即座に「実現可能性は?」「エビデンスは?」「KPIへのインパクトは?」と畳み掛けていないでしょうか。
これを繰り返すと、メンバーは「完璧に理論武装してからじゃないと、あのPdMには話しかけられない」と学習します。
結果、気軽な壁打ちは消滅し、相談が来るのは手遅れになったタイミングだけになる。これが「怖いPdM」が自ら招く最悪のサイクルです。
関係性の欠如(信頼残高の不足)
同じ「なんで?」という言葉でも、信頼関係がある相手なら「純粋な疑問」として受け取られますが、関係性が薄い相手だと「責められている」と感じられます。
普段、業務以外の雑談をしていますか? 相手が今、どんな技術に関心があるか知っていますか。「仕事だから関係ない」とドライに割り切り、信頼関係(土台)を作らないまま、重い指摘(負荷)だけを乗せようとするから、コミュニケーションが崩壊するのです。
「怖い」を放置すべきではない理由と、目指すべきリーダー像
「いい人」になる必要はないが、「安全な人」である必要はある
誤解してはいけないのは、メンバーの顔色を伺う「御用聞きPdM」になれ、ということではありません。ぬるい馴れ合いの職場を作るのではなく、目指すべきは「対人リスクをとっても安全だと感じる職場」です。
Googleが提唱した「心理的安全性(Psychological Safety)」の本質はここにあります。「怖い」と思われている状態は、メンバーが「バグ報告」「スケジュールの遅れ」「反対意見」といったネガティブだが重要な情報を隠すインセンティブを生んでしまいます。
詳しくはPMにとって「心理的安全性」は高速実験を可能にする土台、という話でも解説していますが、PdMにとって情報が入ってこないことは死を意味します。プロダクトを成功させるためにこそ、「何を言っても理不尽に詰められず、前向きな会話ができる」という安心感(Safety)が必要なのです。

信頼残高が尽きると、プロダクトは死ぬ
また、スティーブン・R・コヴィー博士の『7つの習慣』に登場する「信頼残高」という概念があります。人間関係を銀行口座に例え、礼儀や誠実さが「預け入れ」、遅刻や批判が「引き出し」になるという考え方です。
「怖い」と言われるPdMは、この残高が常にマイナス(借金)状態です。残高がない状態で、無理やり「仕様変更(引き出し)」を要求しようとするから、反発(不渡り)が起きる。
まずは、日々のコミュニケーションでコツコツと信頼を預け入れる必要があります。
D・カーネギーとマーケティング思考に学ぶ、チームを動かす「伝え方」
では、どうすれば「怖い」を卒業できるのか。「ユーザー視点」と、名著D・カーネギー『人を動かす』の原則です。
チームメンバーを「ユーザー」として捉え直す
僕たちは普段、ユーザーに対しては「どんな課題を持っているのか?」「どう言えば響くのか?」を必死に考えていますよね?でも、なぜか身内のメンバーにはその想像力が欠如してしまう確率が高いのではないでしょうか。
チームメンバーを「『プロダクト開発』という体験を提供する対象ユーザー」だと捉え直してみてください。
- エンジニアというユーザーの特性: 技術的負債を嫌う、美しいコードを書きたい、手戻りを嫌う。
- デザイナーというユーザーの特性: ユーザー体験を損なう仕様を嫌う、クリエイティブへのリスペクトが欲しい。
※もちろん、各職種でも人によって違いますが分かりやすさのために上記を書いています
相手のインサイト(欲求)を理解せず、自分の要望(仕様)だけを押し付けるのは、マーケティングで言えば「押し売り」と同じです。
【要約】『人を動かす』をプロダクトマネージャーが実践するための具体指針にも書いた通り、カーネギーの言う「人の立場に身を置く」ことが全ての出発点です。

『伝え方が9割』メソッドのPdM的応用
さらに、「伝え方」という観点ではコピーライター佐々木圭一氏の著書『伝え方が9割』にある「相手の好きなこと」を入れる技術は、PdMの実務にそのまま応用できます。
例えば、急な仕様変更をお願いする場合。
- ×(自分の都合):「顧客からの要望が強くて、ここ直したいです、、!」
→ 相手は「またかよ」と思う。 - 〇(相手のメリット):「ここを修正すると、将来的に発生するバグ対応の手間が半分になります。今のうちに直しませんか?」
→ 相手は「それならやる価値がある」と思う。
嘘をつく必要はありません。自分の要求と、相手のメリット(保守性、効率、品質へのプライド)が重なるポイントを探して言葉にする。これだけで、受け取られ方は劇的に変わります。
今日から「怖い」を卒業する!明日から実践できる3つのTo Do
概念論はここまでにして、明日から現場ですぐに使える具体的なアクションを3つ紹介します。
1. 指摘の前の「Yes, And」とクッション言葉
まずは基本から!インプロ(即興演劇)の基本テクニックである「Yes, And(肯定して、付け加える)」を取り入れましょう。
相手の意見が違っていても、いきなり「いや、それは〜」と否定しない。
「なるほど、技術的にはそういう視点があるんですね(Yes)。その上で、ユーザー体験の観点からこうするのはどうでしょう?(And)」
また、指摘をする際は必ずクッション言葉(枕詞)を挟みます。
- 「言いにくいことなのですが……」
- 「急な変更で申し訳ないのですが……」
- 「素人質問で恐縮ですが……」
これがあるだけで、言葉のナイフに「鞘(さや)」がかかり、相手の心の防御壁を下げることができます。
2. 尋問調の「Why」を、解決志向の「What / How」に変える
「なぜ(Why)」は、過去の原因追及に使われると、相手には「人格攻撃」として響きます。未来志向の「何(What)」「どうすれば(How)」に変換しましょう。
- × Why:「なぜスケジュールが遅れたんですか?(理由を言え)」
- 〇 What:「何がブロッカーになりましたか?(事象を教えて)」
- 〇 How:「どうすればリカバリーできそうですか? 僕にできることはありますか?(解決策を一緒に考えよう)」
主語を「あなた」から「課題」に変えることで、対立関係ではなく、『採用基準』 – プロダクトマネージャーに必要な問題解決リーダーシップでも語られるような、「一緒に課題に向き合うパートナー」という立ち位置をとることができます。

3. コミュニケーションでの「感情コスト」を払う
オンラインや対面でのMTGもそうですが、SlackやTeamsなどのテキストコミュニケーションは、感情が3割引きで伝わります。あなたが「了解」とだけ打った時、相手は「怒ってるのかな?」と不安になります。
PdMこそ、意識的にオーバーリアクションをとりましょう。
- 「ありがとうございます!!!」(!を多めに)
- 「🙏」(感謝の絵文字)
- 「助かります!」
これを「媚びている」「無駄だ」と思わないでください。「私は今、不機嫌ではありませんよ」と可視化するためのコストを払うのも、チームを円滑に回すリーダーの仕事です。
4. 「業務外の雑談」で信頼残高を貯金する
「仕事の話以外は時間の無駄」と考えていませんか?それは、銀行にお金を預けず(信頼を作らず)、引き出し(要求)だけを繰り返すようなものです。
PdMとしての要求を通したいなら、日頃から意識的に「雑談」という投資を行ってください(だからこそフルリモートより出社文化の方がやりやすかったりする)。
- 1on1で自分のことを話した上で「週末は何をしていましたか?」と聞いてみる。
- Slackの分報(times)で、自分がメンションされていない仕事と関係ない趣味の話に反応したり、その人の「気づき」的な投稿にスタンプ + 返信
- 一緒にランチに行き、バックグラウンドや価値観を知る
この「無駄な時間」こそが、いざという時の「無理なお願い」を聞いてもらえる信頼残高になります。「〇〇さん(あなた)の頼みなら、ひと肌脱ぐか」と言ってもらえる関係性は、正しい仕様書からではなく、日々のくだらない雑談から生まれるのです。
リーダーとしてのコミュニケーションとは「他者への想像力」である
ここまで、「怖い」と言われないためのテクニックをお伝えしてきましたが、最後に本質的な話をさせてください。
リーダーとして大事なコミュニケーションは、極論すれば「他者への想像力」のことだと僕は思います。
プロダクト作りには、冷徹なまでの論理も必要です。しかし、そのプロダクトを作り、動かすのは「感情を持った人間」。
想像力を欠いた正論は、時にただの暴力になります。「正しいことを言っているのに、なぜ伝わらないんだ」と嘆く前に、一瞬だけ立ち止まって考えてみましょう。
「この言葉を受け取った時、相手はどう感じるだろうか?」
その一瞬の想像力こそが、チームの心理的安全性を守り、結果として最高のプロダクトを生み出す源泉になります。
僕もまだまだ修行中の身で、明日もまた、無意識に正論で詰めそうになる自分と戦いながら、少しでも「想像力のあるPdM」に近づけるよう、言葉を選んでいこうと思います。
よくあるQ&A
- Q. 優しくしすぎて、ナメられませんか?
- A. 「優しくする」のではなく「尊重する」のです。言うべきこと(What)は譲らず、言い方(How)をマイルドにするだけなので、プロとしてナメられることはありません。むしろ「話が通じる」と信頼されます。
- Q. エンジニアと意見が対立して喧嘩になってしまったら?
- A. まずは「熱くなってすみません」と素直に謝りましょう。その上で、「より良いプロダクトを作りたいという目的は同じはずです」と、コト(課題)に向き合う姿勢を再確認してください。雨降って地固まるチャンスです。
参考書籍・文献
- D・カーネギー『人を動かす』
- 佐々木圭一『伝え方が9割』
- スティーブン・R・コヴィー『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』
- Google re:Work – 「効果的なチームとは何か」を知る(心理的安全性)




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