「最近、データばかり追っていて、ユーザーの“生の声”を直接聞けていないかも…」とギクッとしたことはありませんか。
事業責任者やプロダクトオーナーとして、数字ばかり見ていてユーザーとの接点が薄くなっていると、いつの間にかチームの施策が“小手先のアップデート”ばかりになる恐れがあります。
本記事では「N=1(1人のユーザーと直接会う)」という行為がなぜ重要なのか、実際に会わなくなると何が起こるのかを深堀りします。データ分析だけでは見抜けない本質的な課題や可能性に気づくために、僕自身が副業や本業で体験してきた視点を交えながら解説しします。
「N=1」とは何か、なぜ重要なのか
N=1は、1人のユーザーと直接対話し、生の声を吸い上げるアプローチ。「ユーザーインタビュー」という言葉は皆さんご存じかもしれませんが、その中でも特に「特定のユーザーを深く掘り下げる」のがN=1。
大規模定量データを眺めるだけでは捉えきれない“リアルな困り事”“熱量”が、N=1で得られる最大の魅力です。僕自身は累計600人以上インタビューしてきましたが、定量データだけだと絶対に気づかない微妙な不満が会話の端々で見つかることがしょっちゅうあります。
たとえばBtoCの新規アプリなら「ユーザー登録フローがスムーズに見えて、実は3画面目でアレルギーを感じている」とか、BtoBなら「契約後の設定作業が分かりにくい。そこをこっそり諦めている」など。数字で見ると離脱率や満足度に現れにくい微妙な心理的障壁に気づくには、やはり対面やオンラインでの対話が不可欠です。
なぜ意思決定者こそN=1が大事なのか?
チームメンバーやCS担当者がユーザーと接しているから大丈夫、と思うかもしれません。しかし、事業の最終決断を下す責任者自身がユーザーと触れ合わなくなると、現場感覚がズレて判断に説得力が欠けます。あとだんだんプロダクトに関するフィードバックがいけてないことになっておきます。
例えば機能追加をするか否かの判断で「データ見ても効果が不明」という段階でGOを出せるかどうかは、“仮説の良し悪し”をどれだけ肌感覚で把握しているかに左右されます。数字だけで測れないインサイトは、N=1から得られる場合が多いのです。

N=1に合わなくなると何が起こるか?
もし事業責任者やプロダクトオーナーがN=1との接点を失ったら、どんな問題が起こり得るでしょうか。ざっと挙げると以下の3つが代表的です。
①顧客ニーズとの乖離
データ上は成功しているように見えても、実は本質的な課題を見逃す恐れがあります。スライドやダッシュボードで見る限り“十分稼働している機能”と思い込んでいたとしても、N=1に会えば「UIが分かりにくい」とか「思ったより価値を感じていない」など、生々しい声を聞くことが多いです。そこに気づかず過去の成功にしがみつくと、ユーザー離脱の波が迫っても気づけません。
②短期指標ばかり重視し、革新的施策が生まれない
定量データは短期的な変動を捉えるのが得意です。しかし、長期的な信頼関係やユーザー体験の深さをデータだけで判断するのは難しい。N=1で「ここが気になっていて、本当はもっとこう使いたいんだけど…」という声を聞けば、新機能や新事業のヒントが転がっていることもしばしば。
対して、数字だけに目が行くと「すぐに伸びそうな施策」へリソースを投下しがちです。つまり本当の革新を見逃すリスクが高まります。
③過去の成功パターンや技術活用に固執する
経営者やトップPdMが「(明確にそう口には出さないものの)これまで or 競合はこれでうまくいったから」と特定のやり方に固執してしまったり、役員レイヤーで決まった”推し技術”の導入を最優先にしてしまうケース。市場やユーザーの状況は1年でも大きく変わるのに、過去の成功体験や顧客課題以外の軸で判断する。数字が取れていない新施策は「データがないからリスキー」で却下。
これこそN=1と会っていない弊害。もしトップが自分でユーザーと話していれば、データに残らない不満やニーズをリアルタイムにキャッチして「過去のやり方や技術ユースじゃ勝てないかも」と気づけるはずです。
「データ見ないとわからない」は危険信号?
責任者が「データをちゃんと出してよ」「数字がないとイエスは出せない」と言うシーン、皆さんのチームでも耳にしたことはないでしょうか。もちろんデータ検証は大切で、僕自身も定量的な確認や検証はプロセスとして重視していますが、それだけでは施策の本質を見誤る可能性があります。
なぜなら、本当に新しいアイデアや突飛な施策は、まだデータが存在しないものだからです。ユーザー視点で考えると「こんな機能あったら便利では?」という段階のサービスが、数値で表せるわけがないです。
さらに、数字をみるといっても、別に数字が完璧なわけじゃありません。データに欠損があったり、ABテストでは短期効果しかわからなかったり、取れない数字に対して一定の前提をおいたり、などなど。ビジネス現場レベルの数字やデータでの証明であれば、欠陥はいくらでも見つかるものです。
“数字だけ “至上主義/”数字変調になった組織では、最初から「どのくらい売上に直結する?」「CVRは予測できるの?」ばかりが聞かれ、根拠を示せないアイデアはNOにされがち。そうやって検証前に却下され続けると、やがてチームは“新たな挑戦”を提案しなくなります。
しかし、せめてN=1のリアルな声を聞いていれば「データはまだだけど、少数のユーザーにはとんでもなく刺さりそう」と確信を持ち、意思決定の速度を上げられるかもしれません。これが意思決定者がN=1を知っているかどうかの決定的な違いです。
事例:N=1を大切にする企業の成功パターン
海外の事例としては、Superhuman(高速メールクライアント)創業者のRahul Vohra氏がユーザーと徹底的に会い続けた話が有名です。
彼はユーザーインタビューだけでなく、メールを使う様子を目の前で観察し、無駄なステップや不満をリアルに拾い上げたそうです。その結果、月額30ドルというメールツールにしては高額設定なのに“使うと手放せない”ファンを獲得し、サブスク継続率で高水準を達成しています。
ポイントは「最初から大量のデータを回収するのではなく、コアユーザー数十人のN=1を何度も繰り返す」姿勢。これにより“高速操作にこだわる”ユーザーの真の痛点(ワンショートカットでも多いとストレスを感じるなど)が判明し、製品の唯一無二の立ち位置が生まれたとのこと[1]。
日本の事例では、クラウド会計ソフトのfreeeも早期からユーザー密着を行い、初期フローのシンプル化に全力を注いでいました。創業者の佐々木大輔さん自身がフリーランスや中小企業の経理担当者と面談し、専門知識がない人にこそ会計作業の自動化が刺さると確信。そこがすべての機能設計の基盤になったと語られています。まさにN=1の声が核になった例といえます。
N=1に合うためのスキームと習慣づくり
「忙しいからユーザーに会っている暇はない」という言葉をよく聞きます。でも実際には、月に1回、1時間程度の面談が難しいことはないはず(だとしたら多分業務設計をミスっている)。ここではN=1と会うための仕組みづくりを紹介します。
1 / 定例化する
月1回のペースで、PdMやCEOがユーザーとビデオ会議をする枠をあらかじめスケジュールに組み込む。BtoBなら既存顧客へのフォローアップを利用し、BtoCならユーザーミートアップやSNSを活用して1人ずつ呼び出す。
2 / 「現場報告会」とセット運用
対話後には、SlackやNotionでチームに即共有し、インサイトを分かち合う。
たとえば、ユーザーヒアリングを組織に根付かせる4つの仕組みでも書いたように、これを定例化するとチームの学習速度が上がる。
3/ LLMで効率化
大量のインタビューをこなす場合は、録音を文字起こし→ChatGPTで要約させると情報整理がスムーズ。時間がない中でも“要点”はキャッチしやすい。
これらを回してみると、驚くほど多くのヒントが得られます。特に新機能アイデアや価格設定への疑問は、N=1で集めた生の声が決定打になることが少なくありません。
N=1が欠ける人たちが陥る「過去の栄光」依存症
意思決定者がユーザーと離れてしまうと、“過去の栄光”か”より上位者(CEOや役員など)の声“に頼りがちです。たとえば、過去に成功したキャンペーンやUI/UXの経験が強烈に焼き付いていて、現在の市場やユーザーと合わなくなっていても気づけない。
また、同じやり方で成功した競合が一時いたからといって、今のユーザーが同じ感覚を持っているとは限らないのです。
さらに、「(より上位者の)xxxはこう言っているよ」など、「だから何だよ」みたいな話が持ち出される意味のわからない状態になってしまうのです。
恐ろしいのは、こうした状況でも数字上は一時的にそれなりの成果が見えることがある点。過去の施策の再活用や上位者の声でも、部分的には短期売上を上げられるかもしれません。しかしユーザーが本当に求めている体験からはどんどん遠ざかり、最終的には大きく成長機会を逃す。
もし自分自身が「また同じパターンで行ける」と言い聞かせているなら、N=1で現場の声を確認してみてほしいです。意外なほど市場の反応が変わっている可能性があります。
対話すべきは、過去でも競合でも役員でも株主でもなく、ユーザーです。
意思決定者こそ1ヶ月に1回はN=1と会おう
プロダクト開発の世界では、「データを見てから判断」はごもっともです。でも、データが示すのは基本的に“過去や現在”の姿。
まだ表面化していないユーザーの痛みや、短期指標では捉えにくい価値を見つけるには、生身のユーザーと話し、熱量や言葉のニュアンスを感じ取ることが不可欠です。
もしあなたが事業責任者やプロダクトオーナーで、ここ1ヶ月に1度もユーザーと会っていないなら、今日すぐに1件でもアポを取ってみてください。きっと想像以上に得るものがあるはずです。あ、あと自分はユーザーと会ってないのに、メンバーに「ユーザーと話しなさい」は謎なので信頼を失う可能性が高いです。
意思決定者自らN=1を大切にしている姿勢を見せれば、チーム全体のカルチャーも変わります。「提案の前にデータを整えないといけない」と萎縮していたメンバーが、ユーザーの声をもとに少人数インタビューから施策化する行動を起こしやすくなる。
つまりN=1を実践することは、単なる“プロダクトの品質向上”にとどまらず、イノベーションを生むチーム文化を醸成する大きな鍵でもあるのです。
今日から実践できるアクション
- 1人でもユーザーに会う日を設定
来週までに1枠30分〜1時間のオンライン面談を強引に入れてみる。BtoBの場合は契約企業、BtoCならTwitterやメールで興味を募ってみる。 - 対話後の内容を即シェア
面談の音声やチャットログを簡単にまとめ、SlackやNotionでチーム全員に共有。口頭報告だけでなくテキストで残すと考察が深まる。 - データ不要な施策を1つGOしてみる
完全に定量的裏付けがなくても「N=1で強い期待がありそう」と感じたら、スモールスケールで試す。失敗コストを抑える工夫をすれば新しい発見が期待できる。 - チーム定例に「N=1の発見」を組み込む
ウィークリーミーティングの冒頭で“先週会ったユーザーの声”を1分でも話す。続けるほどに現場感覚が根づく。 - 「過去の栄光チェック」をする
チーム内で「でも前回はこれでうまくいった」という声がないか聞き耳を立てる。もし出てくるなら、その仮説をN=1で再検証するのが効果的。
Q&A
- Q. 時間がなくてユーザーに会う余裕がありません。
- A. 正直、30分や1時間なら捻出できるはずです。1ヶ月に30分もスケジュールに余裕がないなら業務設計を普通にミスっている状況です。
- Q. データでは満足度が高いのに解約が増えているときはどうすれば?
- A. そのケースこそN=1が有効です。アンケート満足度と実際の行動がズレるとき、ログ分析とインタビューを掛け合わせて裏事情を聞くのが定石。意外な心理的障壁が隠れているかもしれません。
- Q. BtoBの場合、ユーザーに会いにくいです。
- A. アクセスハードルは高いですが、BtoB領域のユーザーインタビューでの工夫を参照し、取引先や担当者と面談できる環境を作ると良いです。月1回でも顧客訪問を定例化すれば確実に違いが出ます。
- Q. データとユーザーインタビューが食い違うときはどうすればいいですか?
- A. 両方が正しい場合も多いです。定量は大枠の傾向、定性は一部の深い事実を示すことがあり、一見矛盾するように見えます。詳しくは「定量データとユーザーインタビューが食い違うとき、どう再設計するか?」をご参考にしてください。
参考情報
- [1] TechCrunch Disrupt(2019)Rahul Vohra, CEO of Superhuman Interview
- Startup Grind(2021)“How Superhuman Retains 80% of Its Paid Users”
- freee公式ブログ(2014)「創業ストーリー」より
- ユーザーヒアリングを組織に根付かせる4つの仕組み
- ChatGPTでユーザーインタビューの分析を爆速にする具体手法を解説
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