- 「思い込み」とプロダクトマネジメントの危険な関係
- FACTFULNESS「10の本能」とは何か
- 「分断本能」 – ユーザーを「二極化」させすぎない
- 「ネガティブ本能」 – リスクばかり見て機会を見落とさない
- 「直線本能」 – トレンドを単純な直線で捉えず、変曲点を見逃さない
- 「恐怖本能」 – “最悪の事態”にとらわれず冷静に判断
- 「過大視本能(サイズ本能)」 – 一部のデータを拡大解釈しない
- 「一般化本能」 – ペルソナ設計で乱暴なひとまとめを避ける
- 「単純化本能」 – 1つの指標やフレームワークだけに頼らない
- 「運命本能」 – 「この業界はこういうもの」と決め込まない
- 「責任転嫁本能」 – “ユーザーが悪い”ではなく、データに基づき原因を探る
- 「焦り本能」 – “今すぐやらないと大変だ”と急ぎすぎない
- データドリブンの重要性 – ファクトを得るためにPdMができること
- 参考情報
- 今日から実践できるアクション
- Q&A
「思い込み」とプロダクトマネジメントの危険な関係
プロダクト開発の要諦を考えるうえで、思い込みは大きな落とし穴になりがち。
そこで注目されるのが、ハンス・ロスリング著『FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』です。世界中で読まれているベストセラーですが、PdMがこの書籍を活用する意味は非常に大きいと感じます。
本書は「世界を正しく見る」ための10の習慣を提示していますが、それはそのままプロダクト開発における意思決定にも活かせる考え方です。思い込みを排除し、数値(ファクト)を軸に、正しい方向性を定義する。PdMにとって欠かせない姿勢と言えます。この記事では、『FACTFULNESS』で述べられる10の「思い込み」をピックアップしながら、プロダクトマネジメントへどのように応用できるかを具体的に解説します。
FACTFULNESS「10の本能」とは何か
『FACTFULNESS』では、私たち人間が陥りがちな10種類の「思い込み」や「本能」について詳しく解説されています。著者は、
- 世界を二分法で捉える「分断本能」
- ネガティブな情報だけを拾いがちな「ネガティブ本能」
- 一度設定した前提が変わらないと考える「直線本能」
などを挙げ、それらがデータに基づかない誤解を招く原因になっていると指摘しています。たとえば、世界は貧富の二極化が進んでいるわけではなく、実は中間所得層が大きく増えている事実があるというように、データを正しく読めば認識が変わる事例が本書では多数紹介されています。
こうした「本能」は決して悪いものではなく、むしろ人間の防衛本能に由来するもの。しかし、プロダクトの舵取りを担うPdMがこの10の本能に振り回されると、ユーザーの実態を誤って理解し、優先度を間違えた意思決定をしてしまうかもしれません。だからこそ、正確なファクト(事実)をもとに判断する姿勢が重要になります。これは、【要約】『イシューからはじめよ』とも通じる考え方です。まずは現状の“事実”を正確に捉えることこそ、最初のステップになります。

「分断本能」 – ユーザーを「二極化」させすぎない
書籍では「分断本能」と呼ばれている通り、人は世界を二元論で捉えがちです。
たとえば以下のようなイメージ。
- リテラシーが高いユーザーと低いユーザー
- 有料会員と無料会員
- 新機能に前向きな人とそうでない人
PdMもステークホルダーの声を二分化しすぎることがあります。しかし現実には、その中間にこそ多くの利用者が存在するものです。
ユーザーインタビューを行うときも、極端な例に引っ張られず、多様なペルソナを捕捉する必要があります。もし「新機能に反対するのはごく少数のオールドユーザーだけだろう」と決め付けてしまえば、他のユーザー層の潜在的な懸念を見逃す可能性があります。ユーザーインタビュー前に『筋の良い仮説』をチームで設定する具体的な方法やフレームを活用して、極端なバイアスにとらわれないよう意識することが大切です。

「ネガティブ本能」 – リスクばかり見て機会を見落とさない
ネガティブな情報ほど印象に残りやすいというのが「ネガティブ本能」です。多くのPdMは失敗リスクを繰り返し意識することで、取り返しのつかない事態を避けようとします。もちろんリスク管理は大切ですが、ネガティブ情報ばかりにフォーカスすると、新しい機会や可能性を逃してしまうかもしれません。
その意味で、定量データと定性データの両面をしっかり把握することが鍵になります。たとえば、新機能に対する批判的な声があっても、実際のログデータを見ると使用頻度は高いかもしれません。あるいは反対意見が一定数あっても、大多数のユーザーはポジティブな手応えを感じているケースもあります。思い込みを防ぐためには、ログ分析→ユーザーインタビューの流れで、「本当に解くべき課題」を明確にするようなアプローチが有用です。

「直線本能」 – トレンドを単純な直線で捉えず、変曲点を見逃さない
「直線本能」とは、今あるトレンドがそのまま未来まで続くと誤解する本能。
- プロダクトの導入実績が右肩上がりだからといって、このペースがいつまでも続く保証はありません
- 逆に、ユーザー数が伸び悩んでいるからといって、今後も下がり続けるかといえばそうとも限りません
PdMは、データの背後にある要因を探り、変曲点がどこに来るかをシナリオごとに考える必要があります。典型的な例としては、ユーザーの行動様式が季節や特定イベントの影響を強く受ける場合です。直線的に推移すると思って施策を立案した結果、予測が外れたという話は珍しくありません。
「恐怖本能」 – “最悪の事態”にとらわれず冷静に判断
人は不安を感じるときに、最悪のシナリオばかり思い浮かべやすいというのが「恐怖本能」です。たとえば、新しい料金プランをリリースしたら既存顧客が一斉に離脱するのではないか、UIを大きく変更したら大クレームが出るのではないか、などです。こうした恐怖によって進取の気性が失われると、PdMの成長機会が小さくなってしまいます。
恐怖本能を抑えるうえで有効なのが、小規模テストや段階的ローンチを行い、事実に基づいて安全弁を設ける手法です。たとえばBetaテストで限定的に新料金プランを試し、実際の反応を測定する。あるいは、UIの変更案を小さなユーザーグループに提供し、定量・定性両面でフィードバックを得る。プロトタイプを使って新機能の検証を行う方法・Tipsも参考になるでしょう。

「過大視本能(サイズ本能)」 – 一部のデータを拡大解釈しない
新機能を出した際、一部のユーザーから「これは素晴らしい」と絶賛されたとしても、それをもって「全員に受け入れられている」と思い込むのは危険です。逆に、数名の声が極端に批判的だったからといって、それが全体の声とは限りません。これが「過大視(サイズ)本能」の落とし穴です。
対策として、十分なサンプルサイズを確保するリサーチが求められます。ユーザーインタビューを行うにも、ユーザーインタビューの目的・設計・やり方・分析まで完全ガイドで示しているいるように、母集団を意識したスクリーニングや再現性の確保を考慮する。データ分析においても、特定のデータだけを抜き出すのではなく、他の指標や補完データを組み合わせて全体像を見極めることが大切。

「一般化本能」 – ペルソナ設計で乱暴なひとまとめを避ける
「一般化本能」とは、同じ属性を持つ人たちを一括りにしてしまいがち、という人間の思考パターンです。PdMとしては、たとえば「20代の女性ユーザーはこういう趣味嗜好を持っている」と決めつけてしまうケースがあるかもしれません。しかし実際には、同じ年代でも興味関心や経済状況、ライフスタイルは大きく異なります。
ペルソナやセグメンテーションを行う際に、この一般化本能に気をつけるべきです。極端なラベリングは、抜け漏れのある戦略に繋がるおそれがあります。“ペルソナ”だけで終わらない。ジョブ理論(JTBD)と掛け合わせて実在する顧客を捉える方法のように、ジョブ理論や行動観察を組み合わせることで、より正確なターゲティングが可能になります。

「単純化本能」 – 1つの指標やフレームワークだけに頼らない
多くのPdMは、KPI(主要指標)を立てて事業を進めます。しかし「単純化本能」が働くと、1つのKPIを上げることだけが目的化してしまい、他の重要な指標や定性要因を見落とす危険があります。たとえば、MAU(月間アクティブユーザー数)を上げる施策を打った結果、実際はエンゲージメントが下がって離脱率が急増するかもしれません。
複数の指標を併用し、定性データと定量データを組み合わせてモニタリングする必要があります。ヒアリングで得たユーザーの感覚値や、不満点も無視しないこと。ChatGPTでユーザーインタビューの分析を爆速にする具体手法を導入すれば、定性データをより深く扱いやすくなります。

「運命本能」 – 「この業界はこういうもの」と決め込まない
「運命本能」は、変化し得るものを固定的に捉えてしまう思い込みです。業界構造やユーザー特性を「昔からこうだから変わらない」と考えるのは危険です。技術革新や社会的な変化が加速度的に進む現代では、運命や宿命と呼べるほど固定的な要素は多くありません。
たとえば、チャットボットやAIが一般的になる前は「カスタマーサポートは電話やメールが中心」と思われていたかもしれませんが、数年で大きく様相が変わりました。PdMとしては、変化を前提とし、柔軟なロードマップを描くことが重要です。

「責任転嫁本能」 – “ユーザーが悪い”ではなく、データに基づき原因を探る
プロダクトが思うように伸びないとき、開発や営業の責任ばかりを追及したり、ユーザー側の理解不足を嘆いたりするケースがあります。これが「責任転嫁本能」と呼ばれるもの。問題をすべて他者のせいにしてしまうと、客観的な原因分析ができません。
自分たちがコントロールできる範囲で仮説を立て、データを取って検証する習慣が大切です。ユーザーが導入を渋る原因は本当に価格だけか、それともUXのわかりにくさや導入ハードルにあるのか。ここを正しく知るためにも、ユーザーインタビューのやり方・分析を再確認しながら、客観的な根拠に基づいて施策を打つことが求められます。

「焦り本能」 – “今すぐやらないと大変だ”と急ぎすぎない
最後が「焦り本能」。PdMは常にリリーススケジュールや競合動向に追われがち。そのため、十分な検証もせずに急いで機能をリリースしてしまい、結果としてトラブルやユーザー離脱を招くリスクが高まります。
対策としては、焦りそうなタイミングで一呼吸おくフレームワークを導入するのがおすすめです。たとえば
- 「どうしてもリリースを急ぐ理由は何か?」
- 「その理由は数字と矛盾していないか?」
を問いかけるチェックリストを用意すること。Betaテストや検証期間を設けたうえで意思決定するなど、『リーン・スタートアップ』で語られるような実験と学びのサイクルを優先する姿勢を徹底します。

データドリブンの重要性 – ファクトを得るためにPdMができること
『FACTFULNESS』は、あらゆるシーンで「思い込みから脱して、正確なデータを見よう」と促してくれます。PdMとしても、定量的なログ分析や定性的なインタビューに基づくデータ活用を習慣化する意義は大きい。思い込みを排除し、事実に基づいて優先度を決めるために、以下の取り組みを意識していきましょう!
- ログ解析とユーザーインタビューを組み合わせた問題発見サイクルを定期的に回す
- 評価指標を複数用意し、単一のKPIに盲目的に依存しない
- 可能な限り数値化(NPSやCSATなど)を行い、ユーザーの声を定量化する
特にインタビューでは、心理学を活用してユーザーインタビューからバイアスを排除すると、よりファクトに近い知見を得やすくなります。こうした地道な取り組みの積み重ねが、思い込みを外し、データに裏付けられた戦略を描く礎になるはずです。

参考情報
- Hans Rosling, Ola Rosling, Anna Rosling Rönnlund (2018). Factfulness: Ten Reasons We’re Wrong About the World – and Why Things Are Better Than You Think. Flatiron Books.
- ハンス・ロスリング, オーラ・ロスリング, アンナ・ロスリング・ロンランド (2019). 『FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』. 日経BP.
- 日本マーケティング協会 (2021). マーケティング手法におけるデータ活用の重要性. リサーチレポート.
- Eric Ries (2011). The Lean Startup. Crown Business.
- 【要約】『イシューからはじめよ』 – プロダクトマネージャーが圧倒的成果を生むために必要な「イシュー度の高い課題」を見極める方法
- ユーザーインタビューの目的・設計・やり方・分析まで完全ガイド
今日から実践できるアクション
1. 自分の思い込みをチェックリスト化する
「分断」「ネガティブ」「直線」など、10の本能のどれに陥りやすいかを洗い出します。新機能や戦略を検討するときに、該当する本能が働いていないかをチェックしてみてください。
2. データと対話する時間をスケジュールに組み込む
週に1回、ログ分析やユーザーインタビューを実施する枠を強制的に確保します。そこでは感覚的な意見ではなく、事実をベースに議論することをチームでルール化すると効果的です。
3. 「焦り」や「恐怖」を感じたら実験を挟む
急いでリリースして失敗を招く前に、Beta版や限定公開でトライアルを行い、数字や声を拾います。段階的に確かめることで、最悪のシナリオを避けやすくなります。
Q&A
Q1. 自分やチームがどの「本能」に陥っているか、どうやって見つければいいですか?
A1. 主にデータとのギャップを確認すると見つかりやすいです。たとえば、ユーザー数の伸びを「ずっと右肩上がり」と思いこんでいたけど実際のログ分析では季節変動が大きい、など。違和感を察知できれば、その本能を疑ってみると良いでしょう。
Q2. データを重視しすぎると、ユーザーの感情や潜在ニーズを見逃さないか心配です。
A2. 大切なのは、定量データだけでなく定性データも同等に扱うことです。ユーザーインタビューやアンケートのオープン回答などを分析し、「数値に映りにくい心理」を把握します。両者を組み合わせるのがファクトフルネス的アプローチです。
Q3. チームメンバーが思い込みにとらわれている場合、どうやって説得すればいいですか?
A3. 感情論ではなく、事実(データや具体的なユーザーの声)を提示することが効果的です。チームで小さな実験を行い、数字を確認して話し合う場をつくると、徐々に思い込みをほぐしやすくなります。
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