なぜPMこそプライシングをリードすべきか
プロダクトの価格設定は、往々にして経営層やマーケティング部門の判断に委ねられがちです。しかし、「顧客を深く理解し、どのような価値提供が最適なのか」を最前線で考えているのはPMなはず。機能開発と並行してユーザーインタビューやログ分析などを重ね、ユーザーの課題・行動特性を誰よりも把握しているからこそ、価格という重要な要素にも深くコミットできる立場にあると僕は考えています。
PMがプライシングをリードすることで得られるメリットは多岐にわたります。
まず、ユーザー調査や社内データを掛け合わせながら「価格に対する仮説」を迅速に立案し、機能や施策と連動させやすくなります。また価格は、機能開発やマーケティング施策だけでは埋めきれない「価値認知のギャップ」を補うレバーでもあります。開発チーム・経営層・マーケティングと連携しながら確度の高い価格調整を試せるのは、プロダクト全体を俯瞰し、ユーザー接点を熟知しているPMならではといえます。
用語・概念の簡単解説
本記事では、価格設定に関する専門的な用語や手法がいくつか登場します。初見の方でもスムーズに読み進められるよう、まずは簡単にキーワードを整理しておきます。
- 価格感度(Price Sensitivity):ユーザーが価格変動に対してどの程度敏感に反応するかを示す指標。高い価格感度を持つユーザーは、値上げに対して強く抵抗を示しやすい
- 需要弾力性:価格の上下によって需要量がどれくらい変化するかを表す概念。価格を少し下げただけで需要が大きく伸びる製品は“需要弾力性が高い”といえる
- ペネトレーションプライシング:市場シェア拡大やユーザー数獲得を目的に、導入期に低価格を設定する戦略。値上げタイミングやコスト回収の見極めが重要
- バンドル販売:複数の機能やサービスをまとめてパッケージ化する価格戦略。単品だと購入されない機能でもセット販売なら利用されるケースがある
- PSM(Price Sensitivity Meter):Van Westendorpが提唱したアンケート手法で、ユーザーが「高すぎる」「安すぎる」と感じる価格帯を定量的に把握する分析方法
- コンジョイント分析:複数の製品属性(機能・価格など)を組み合わせた選択肢を提示し、ユーザーがどの組み合わせを好むかを定量的に測定する調査手法
これらの単語を理解したうえで、次の章から「具体的にどうやって価格を決めていくか」「どのような調査や分析を実施すべきか」を掘り下げていきます。
まずは定性+定量の「両輪」で価格感度を把握
当たり前ですが、ユーザーの価格感度を正確に把握しないまま価格を設定すると、値下げしすぎて利益を圧迫したり、逆に値上げしすぎてユーザー離脱を招いたりといったリスクが高まります。そこで重要なのは、インタビューなどの定性調査に加え、アンケートやログ分析などの定量調査を組み合わせること。
特にインタビューで探りたいのは「価格に対する心理的な反応」。
たとえば、
- 「この製品が価格に見合うと感じた瞬間はどんな時か?」
- 「これ以上の価格なら導入を諦めるラインはどこか?(ex, 部署の決済の範囲金額など)」
など、具体的な利用文脈を引き出しながら質問すると、ユーザーがどの程度のコストを費やせるのかの所感が高めます。一方で実際のログを見れば、利用頻度が高く“コアユーザー”に該当する層が、インタビューでは意外と「高い」と感じているケースも珍しくありません。こうしたギャップが見られた場合は、「機能的価値」は高く評価されているが「価格への納得感」がまだ浸透していない可能性があります。そこで、機能の見せ方や導入事例の提示、サポート体制の強化などで「納得感」を高められないか検討する余地があります。
代表的な価格戦略と選択の基準
価格戦略を大きく分けると、以下の3つが代表的。それぞれの特徴と検討ポイントを理解し、自社プロダクトに最適な組み合わせを考慮することが大切です。
1)コストベース
コストベースは、自社の開発・運用コストに一定の利益を乗せて価格を設定するもっともシンプルな手法。
特に新規事業やプロダクト初期段階では、どれだけコストが回収できるか見極めるために取り入れられやすいです。しかしユーザーにとっての価値とは必ずしも一致しないため、実際の価格感度とのギャップが大きいと適正価格を逃すリスクがあります。
2)価値ベース
価値ベースはユーザーが感じる「この機能・サービスに対して、いくらなら払うか」を軸に価格を決めます。ユーザーインタビューやアンケートを活用しながら、どの機能に最も価値を感じているのかを測定するのが肝心です。定量的な手法では、後述するPSMやコンジョイント分析が有効です。価値ベースの良さは、高付加価値を認めているユーザーから適正な収益を得られる点にあります。一方で、「機能の価値」をユーザーに浸透させる取り組みを並行して行わないと、価値を正しく理解してもらえず、想定より低価格を提示されてしまう可能性もあります。
3)競合ベース
競合ベースでは、市場内の他社価格帯を前提に、上位・同等・下位のどのレンジを狙うかを決めます。エンタープライズ向けソリューションなど、競合が明確かつユーザーにも比較されやすいプロダクトでは取り入れやすいアプローチです。ただし、価格だけで差別化を図ると価格競争に巻き込まれやすくなるため、自社の強み・独自性をアピールできるポジショニングをセットで考えることが大切です。
具体的な価格設定プロセス:定性&定量データをどう組み合わせるか
ここからは、実際にPMが価格を設定・検証する際のプロセスの一例を、5ステップに分けて紹介します。
- ユーザー課題・提供価値の整理
まずは「何に対してお金を払ってもらうのか」を明確にするため、ユーザー課題と提供価値を言語化します。インタビューで利用シーンや課題感を深掘りし、優先度の高い価値がどこにあるかを整理しましょう。
参考リンク:ユーザーインタビューの設計方法や深掘りの仕方は「ユーザーインタビューの目的・設計・やり方・分析まで完全ガイド」を参照 - 仮説となる価格帯の設定
コストや競合状況、既存ユーザーからのヒアリングなどを踏まえ、「このあたりが候補」となる価格帯を数種類設定します。どの戦略を軸にするか(コストベース/価値ベース/競合ベース)を選定し、後に検証できるよう複数案を用意しておくとスムーズ。 - 定量調査:PSMやコンジョイント分析の実施
次に候補価格帯を定量的に検証します。特にPSM(Price Sensitivity Meter)はアンケートを通じて「高すぎて買わない」「安すぎて品質が心配」「妥当」と感じる価格帯を可視化できる手法です。具体的にはユーザーに対し次の4つの質問を行います:- 「この製品が安すぎて品質に不安を感じると思う価格は?(Too Cheap)」
- 「この製品なら買うかどうか迷うギリギリの下限の価格は?(Cheap)」
- 「この製品だと高く感じてしまうが、まだ購入を検討できる上限の価格は?(Expensive)」
- 「この製品では絶対に買わないと思うほど高い価格は?(Too Expensive)」
回答結果をグラフ化すると、ユーザーが心理的に受け入れやすい「最適価格帯」が浮かび上がります。
また、コンジョイント分析を併用すれば、「機能A+機能B+価格X」のように属性を組み合わせて、ユーザーがどの組み合わせに最も価値を感じるかを定量的に把握できます。 - プロトタイプ・ABテストでの実証
定量調査で得た最適価格帯を踏まえ、実際に市場や既存ユーザーへのABテストなどで検証します。サブスク型で複数のプランを用意している場合は、プラン間の価格差や機能差を変更して、申し込み率や解約率にどのような変化があるかを計測すると効果的です。 - 価格の最終決定と継続的なモニタリング
テスト結果と収益目標、コスト構造をすり合わせて最終的な価格を決定します。導入後も定期的に「離脱率」「LTV(顧客生涯価値)」「ユーザーからのフィードバック」などをモニターし、必要に応じて価格を調整します。価格は一度決めたら終わりではなく、継続的にメンテナンスしていくのがポイントです。
ユーザー課題と収益を満たす価格設計がプロダクト価値を最大化する
プライシングは単なる「料金決め」ではなく、ユーザーにとっての価値がどこにあり、その価値に見合った対価がどれほどかを見極めるためのプロセス。
そのプライシングにおけるPMの強みは、日頃のユーザーインタビューや行動ログを通して、リアルな課題やニーズを把握していることにあります。定性的なインサイトと定量的な手法(PSMやコンジョイント分析、ABテストなど)を組み合わせ、段階的かつ継続的に価格を調整することで、ユーザー満足度と収益最大化を両立できる可能性が高まります。
ユーザー課題を深く理解し、価値を正しく伝え、その価値に見合った価格帯を設定する。この一連の流れをリードできるのは、プロダクトの全体像を握っているPMならではの役割です。プロダクトマネージャーとして価格戦略にも積極的に関与し、プロダクト価値を最大化していきましょう。
参考情報
- Nagle, T., & Müller, G. (2017). The Strategy and Tactics of Pricing. Routledge.
- Dolan, R. J., & Simon, H. (1996). Power Pricing: How Managing Price Transforms the Bottom Line. Free Press.
- Van Westendorp, P. (1976). NSS-Price Sensitivity Meter (PSM)—A new approach to study consumer perception of price. Proceedings of the ESOMAR Congress.
- 「ユーザーインタビューの実施」や「インサイトの深掘り」については、ユーザーインタビューの目的・設計・やり方・分析まで完全ガイドをご覧ください。
- 「不要機能の取捨選択」に関しては、いらない機能がなぜ生まれるのか?そして、我々はどうすれば良いのか?を参照。
今日から実践できるアクション
- ステップ式の価格検証を始める
まずは、自社プロダクトの主要価値やコスト構造を洗い出し、仮説価格帯を3パターンほど用意してみる。その上でユーザーインタビューや簡易アンケートを実施し、価格感度を推定。 - PSMによるアンケートを実施
「Too Cheap」「Cheap」「Expensive」「Too Expensive」の4つの質問を軸に、数十人~数百人規模の定量調査を行う。グラフ化することでユーザーが“高すぎず安すぎない”と感じる価格帯を把握する。 - ABテストの準備
SaaS型で複数プランを提供しているなら、プランの価格差や機能を少し変更して2~3パターンのページを用意し、申し込み率や解約率の違いを測定する。 - 価格変更のシナリオ策定
既存ユーザーへの影響度・離脱リスクを試算したうえで、価格改定時のコミュニケーションシナリオ(告知タイミング・説明内容・優遇措置など)を事前に準備しておく。
Q&A
- Q1: PSM分析とコンジョイント分析の使い分けは?
- PSM分析は価格軸の幅(高すぎる・安すぎる)をざっくり把握するのに向いています。一方、コンジョイント分析では価格以外の機能やサービス属性も含めた“全体価値”を定量化できます。検討する価格要素がシンプルならPSM、複数の要素を合わせて検証したいならコンジョイント分析が有効です。
- Q2: 価格弾力性が高い商品で値上げするにはどうしたらいい?
- 需要弾力性が高い商品は、値上げにすぐ反応してしまう可能性があります。値上げ前に機能強化やサポート拡充を行い、「価格アップ=価値アップ」と認知してもらう施策が効果的です。段階的に小幅アップを数回に分けて行う方法や、長期ユーザー向けの特別プランを導入する手もあります。
- Q3: コストベースでも価値ベースでもない場合、どう価格を決めればいい?
- 複雑なBtoB向けのソリューションなどでは、競合ベースで大枠を把握したうえでカスタマイズ料金を加算する方法もあります。見積りベースのビジネスであっても、PSMやインタビューを活用しておおよその“落としどころ”を把握し、ユーザーに響く価格レンジを探ることが大切です。
- Q4: 価格帯を低めに設定してペネトレーションプライシングをする際、気をつける点は?
- 一度“低価格”というイメージが定着すると、後から値上げする際に抵抗が大きくなりがちです。あらかじめ「試用期間限定」「キャンペーン」のように、条件付きで価格を抑える戦略をとると、通常価格への移行がスムーズになります。
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